Fate † 無双

 

第7話

 

 

「大陸に割拠する諸侯が連合を組んだようよ」

 

眼鏡を掛け、知的な雰囲気を漂わせる緑髪の少女の声が広すぎる玉座の間に響き渡る。

しかし、その声には今の彼女の表情と同じく、固いものが含まれる。

長い緑色の髪を細い三つ編み二房にして垂らし、クセの強そうな雰囲気を醸し出す小柄な美少女。

彼女の姓を()、名を()、字を文和(ぶんわ)と言う。

賈駆は董卓軍にこの人ありと言わしめた知略に優れた軍師である。

 

「ウチらと戦う為に? ……暇な奴らも居たもんやなぁ」

 

少女の言葉に返答したのは、少女とは対照的に陽気な表情で何故か関西弁で喋っている少女だった。

しかし、その関西弁で喋る少女の表情もまた、固さを感じさせるものがある。

袴の下には何も履いていないかの様に生足が横から除き、豊満な乳房を隠すのは簡単に撒かれたサラシのみで、マントらしき物を羽織るだけと言う、かなり露出のある格好に下駄を履いていると言う、何処かずれた服装をしている関西弁の美少女。

彼女は姓を(ちょう)、名を(りょう)、字を文遠(ぶんえん)と言う。

張遼は董卓軍内でもその知勇で名を馳せた猛将である……人は見かけによらないものだ。

そんな張遼の軽口を聞き流し、賈駆は言葉を続ける。

 

「そうね。 だけど、曹操や孫権が連合に加わってるらしいから……かなりの強敵でしょう」

 

曹操と孫権、この2人は大陸にいる人間なら誰しも知っていると言うほどの名将だ。

その2人が手を組んだとなれば、マトモな思考をする人物ならばどれ程厄介な事体かが分かる筈だ。

ましてや、賈駆は優秀な軍師である。

その厄介さを平凡な将よりも余程、理解しているだろう。

 

「せやろね。 曹操には猛将夏候惇(かこうとん)夏候淵(かこうえん)の姉妹がおるし、孫権には甘寧(かんねい)周喩(しゅうゆ)がおる。 それに最近売り出し中の衛宮って奴の下にも、ええ武将が集まっとるらしいなぁ。 強敵っちゅーか難敵っちゅーか」

 

張遼もマトモに勝負しては勝ち目が無いのを理解していた。

しかし、その厄介さを理解しているのかどうか、賈駆達の心配を余所に、考え無しと言う他ない発言が出る。

 

「ふんっ。 何を恐れる必要がある? たかが寄せ集めの軍隊。 そんなものが何十万集まろうと、所詮は烏合の衆ではないか」

 

そう言い切るのは董卓軍でも武勇に優れる事で名高い武人である美少女。

姓を()、名を(ゆう)

彼女は弱気な発言しか出ていない軍議に対し、怒りを顕にする。

 

「烏合の衆ねぇ……」

 

だが、張遼はそんな場の空気を読めていない彼女を冷ややかな目で見ていた。

しかし、張遼の視線に全く気が付く様子の無い華雄は更に熱弁を続ける。

 

「そうだ。 それに水関(しすいかん)虎牢関(ころうかん)洛陽(らくよう)への道を阻んでいる。 そこに拠って戦えば、連合軍など恐るるに足らず、だ」

 

生粋の武人であり、自らの武技に絶対の自信を持つ華雄は自分の敗北を疑わなかった。

しかし、張遼達はそんな風には見ていなかった。

 

「そんなに簡単にいくかぁ? 黄巾党との戦いで将も兵も戦慣れしとるし……ウチは結構苦戦すると思うねんけど」

 

張遼の意見は当然のもので、賈駆も顔には出さないが同じ意見だった。

しかし、華雄はそんな弱気な発言をする張遼を一喝する。

 

「何を弱気な! 夏侯惇だろうと甘寧だろうと、私と呂布ならば一合で叩き伏せる事が出来る! それをどうして恐れる必要があるのだ!」

 

「……別に恐れとる訳やない。 ウチかて強い奴とは戦いたいって思う。 せやけどなぁ……」

 

これが1対1の決闘である『一騎討ち』ならばその考え方でも良いかも知れないが、これから始まるのは軍対軍で起こる『戦争』である。

只、単純に強い将がいれば勝てる、そんな単純なものではないのだ。

張遼と華雄の意見には、そんな溝が見られた。

そんな言い合いをしている2人の間に賈駆が割って入る。

 

「……張遼の言いたい事も良く分かるけど、何があっても連合軍に負ける訳にはいかないのよ」

 

心情的には張遼の意見に賛成している賈駆ではあったが、現状ではそれを支持して兵の士気を下げる訳にはいかなかった。

 

「そりゃそうや。 負けるんはウチかてイヤやもん」

 

「ならば四の五の言うな!」

 

「……せやなぁ。 んじゃウチは何も言わずに賈駆っちの命令に従うわ。 お好きにどーぞ」

 

何を言っても理解しようとしない華雄の相手をするに疲れたらしく、張遼は適当な返事をする。

明らかに投げやりな言葉だが、賈駆は特に気にせず、冷静にこれからの指示を下す。

 

「……分かった。 じゃあ張遼は呂布(りょふ)に出陣の事を伝えて。 2人には虎牢関を守ってもらうわ」

 

「あいよー。 どっちが大将?」

 

「呂布よ。 張遼は陳宮と一緒に補佐してあげて」

 

「あの呂布ちんをウチが補佐すんの? それも陳宮っちと一緒にかいなぁ。 ……難儀なことやなぁ」

 

難題に肩をすくめる張遼。

それ程、呂布と言う将を御す事は面倒で、その参謀役をこなしている陳宮は更に厄介な人物であった。

そして、それを賈駆も理解している。

しかし、それでも張遼以外の人間に頼めなかった。

 

「大変だろうけど、お願い」

 

「ほいほい」

 

その事を張遼は理解しているから、気軽な声で賈駆の指示を受け入れた。

次に、賈駆は華雄への指示を出す。

 

「華雄将軍は水関で連合を迎え撃って。 ただし、こちらから討って出る事は控えて」

 

だが、華雄は彼女の指示に頷かず、逆に食って掛かる。

 

「何っ!? この私に守りに徹しておけというのかっ!?」

 

「そう。 遠征してくる連合軍の弱点は補給ただ一点。 水関に籠もって兵糧が尽きるのを待つの。 兵糧が無くなれば連合軍は退却を──」

 

「断るっ! なぜこの私が亀のように、甲羅の中に頸を隠していなければならないのだ!」

 

賈駆の策に耳を貸そうとしない華雄。

 

「私は武人だ。 武人が自らの武を敵味方に披露しなくてどうする? 砦に籠もっているだけなどと、武人としての矜持が許さん」

 

「でも敵が……」

 

数では此方の軍が圧倒的に少ないのだ。

マトモに考えれば、賈駆の言う様に篭城戦が的確な対処であろう。

 

「連合軍など、我が武の前では無力だ! それとも何か? 賈駆は我が武を侮っているのか!?」

 

しかし、賈駆の言葉に耳を貸そうともしない華雄に対し、半ば諦める形で賈駆が折れた。

 

「……分かった。 貴女の力は認めているもの。 ……全てあなたに任せるわ」

 

この時、賈駆は水関を捨てる覚悟を決める。

 

「ふん、当たり前だ。 ……では、軍議は終了だな。 私は失礼する」

 

自らの意見が正しさが証明されたのに満足した様子で、意気揚々と華雄は玉座の間を出ていった。

 

「はぁ……」

 

賈駆は華雄が玉座から出て行ったのを見計らうと、大きな溜息を吐く。

次に張遼が呆れ果てたような口調で呟いた。

 

「ああ言う自分が一番とか思っとるアホは、周囲が何を言うても聞かんのがタマに瑕やな。 アホやねんから人の言う事聞いときゃええのに。 ……んで、どうすんの? 賈駆っち」

 

余程、先ほどの華雄の態度が気に喰わなかったのだろう、陽気な彼女にしては随分と辛辣な言葉を吐く。

そうして、張遼は表情を引き締め直し、賈駆と再び向き合う。

 

「作戦は変わらないわ。 水関で防衛して、虎牢関でも防衛。 ……圧倒的に兵士の数が違うんだから、マトモにやって勝てる筈が無いもの」

 

自分達が勝つ、それが如何に困難な事なのか、賈駆は理解していた。

それが不可能に近い事も……。

 

「せやねぇ。 ……世間の噂が言う様に、本当に洛陽で暴政を布いとるんやったら、徴兵でも何でもしてそれなりに対抗出来るんやけど」

 

「……ボクだってそうするのが一番っていうのは分かってる。 けど、(ゆえ)が許さないのよ……」

 

賈駆は己が尤も大事にしている少女、董卓の真名を口にする。

 

「……董卓ちゃんは優しいからなぁ。 でも、あいつ等は何て言う?」

 

張遼の口から『あいつ等』という単語が出た瞬間、賈駆が苦い顔をする。

 

「さあね。 元々連合軍を追い返そうなんて考えてもいないんじゃない? 奴らの狙いは……」

 

「一点集中、アイツだけか。 ……賈駆っち」

 

「何?」

 

張遼は周囲を警戒し、抑えた声で賈駆に言う。

 

「あいつ等の為に死ぬなんてアホ臭いやろ? 月ちゃん連れて逃げる準備しときや」

 

「………」

 

張遼の言葉に、賈駆は沈黙する。

そんな賈駆を見て、張遼は気持ちの良い笑みを浮かべる。

 

「それ位の時間やったら、ウチ等が何とか作ったるさかい。 ……ま、そんときは自分等の力で人質をどうにかしてもらわんとアカンけど」

 

それ以上の手助けをすると、完全に邪魔される事になると張遼は思っていた。

そして、実際にそうなるであろうと賈駆も理解していた。

 

「……ええ、分かってる。 ……お願いするわ」

 

張遼の気遣いを有り難く受け取る賈駆。

 

「エエで。 時間稼ぎはウチに任せとき。 ……んじゃ、こっちもそろそろ準備に入るわ。 呂布ちんも探さんとアカンし」

 

「そうね。 ……呂布の事、よろしくね」

 

「ほいよー。 ほんならまた後で」

 

ひらひらと手を振りながら張遼は玉座を出ていった。

賈駆はその後ろ姿をじっと見つめ、1人の少女への想いを乗せて呟いた。

 

「月は……月だけは、ボクが守ってみせるんだから」

 

 

 

 

 

張遼は王宮の敷地内にいるであろう呂布を捜す為、庭に出ていた。

 

「さーて。 どこにおるかいなー……って、おお、いたいた。 おーい、呂布ちーん!」

 

以外にも、あっさりと呂布を見つける事に成功する。

 

「…………??」

 

中庭に出て、ぼーっとしていた呂布は、突然の呼びかけにぼーっとした表情のまま、張遼の方へと視線を移す。

浅黒い肌と無造作に切られた短く赤い髪と同じ赤い瞳が目を惹く、無表情の美少女だ。

この少女こそ、三国無双の武将で、姓を(りょ)、名を()、字を奉先(ほうせん)と言う。

 

「出陣やって。 準備しろーって賈駆っちが」

 

「………………………………………………(コクッ)」

 

張遼の言葉に、長い間を開けて頷く呂布。

そんな彼女の様子に対し、張遼は眉をひそめる。

 

「ん? どしたん? ボケーっとして」

 

「……チョウチョ」

 

「ん? おお、あれかー」

 

張遼が呂布の視線を追いかけると、ひらひらと舞う蝶が居た。

どうやら呂布は、この庭でずっと蝶を見ていた様だ。

 

「……変」

 

「変って何がよ?」

 

呂布の指摘に、改めて蝶をじっくりと見直す張遼。

飛んでいる蝶はごく普通の何処にでもいる様な蝶で、張遼には変には見えなかった。

 

「……(しあ)

 

霞と言うのは張遼の真名で、つまり呂布は張遼の様子が変だと言ってるのだ。

 

「はあっ!? ウチが変って? なんちゅー失礼な事を言ってくれんねん、呂布ちんは〜」

 

行き成り『変』などと言われ、反論する張遼だった。

 

「……変」

 

「まだ言うんかい。 ……それは良いから、はよ準備しぃーって」

 

埒が明かないと、強引に話を進める張遼。

彼女は呂布の勘の良さが自分でも気付かないうちに出していた悲壮さを感じ取った事を理解したからでもある。

 

(ほんま、相変わらずの感の良さやな、呂布ちんは)

 

「……戦?」

 

「そ。 敵が洛陽に攻めてきとんねん。 それを追っ払うのがウチ等の役目や」

 

「……(コクッ)」

 

今度は短い間で頷く呂布。

その様子を見て、張遼は簡単に自分達の役割を説明する。

 

「役目が分かったところで出陣の準備しよな。 ウチ等は虎牢関の守備や。 大将は呂布ちんがやれってさ」

 

「……(フルフル)」

 

呂布は無言のまま、首を横に振る。

 

「ん? 無理なん?」

 

「……(コクンッ)」

 

呂布は大きく頷く。

呂布は大将になると発生するであろう仕事を嫌っていたから、当然の如く、肯定したのだ。

 

「うーん……賈駆っちの命令やしなぁ」

 

張遼は呂布の考えている事が手に取るように理解しているのだが、董卓軍の軍師である賈駆が決めた事なのだ。

そして、それを1度は引き受けた以上、覆す訳にもいかなかった。

すーっと、呂布が張遼を指差す。

 

「……霞」

 

大将を張遼にやって欲しいという意思表示。

普通では分からない意思表示だが、張遼はそれを理解する。

だが、張遼としては頷く訳にはいかない。

 

「ウチにせいって? そりゃ無理やわ。 序列を乱すようなことはしとーないし」

 

義を重んじる武人として、1度引き受けたことを簡単に覆す訳にはいかない張遼。

 

「………………」

 

それでも、呂布は懇願の眼差しで張遼をじーっと見つめる。

 

「うう……そんな捨てられた子犬みたいに悲しそうな目で、ウチを見んといてくれぇ〜……」

 

その圧倒的な威力を放つ視線により、張遼は呂布に対する庇護欲をそそられていた。

 

………………

 

それが有効であると直感で理解したのか、さらに呂布は視線を強める。

 

「……分かった。 分かった分かった! じゃあ呂布ちんの仕事はウチが肩代わりしたる。 けど大将が呂布ちんっていうのは変更無しやで?」

 

呂布の眼差しに耐え切れず、張遼は陥落した。

恐るべし、呂布。

 

「……?」

 

張遼の言葉の意味が理解できないのか、首を傾げる呂布。

 

「つまり、名目上は呂布ちんが大将やけど、雑務やらなにやらについてはウチがやったるって事」

 

「………………………………………………(コクッ)」

 

呂布は長い時間を掛けて、どうにか理解したらしい。

 

「長い間やなぁ……ま、ええ。 んじゃウチは出陣の準備をしてくるから、呂布ちんはしばらく待っといてーな」

 

「……(コクッ)」

 

今度は直ぐに頷く。

 

「ほんなら、また後で。 呂布ちん……チョウチョばっか見とらんと、武具の手入れぐらいしときやー」

 

「……うん」

 

張遼の言葉に対して、初めて声を出して頷いた呂布であった。

 

 

 

 

 

それからしばしの日数が経過した―――。

 

一軍を率いて反董卓連合に合流した士郎達は、連合の主軸となる有力者達との軍議に出席する事となった。

軍議には士郎と軍師である朱里が出席する事となり、愛紗達は自陣に留守番する事になった。

 

「はうぅ、緊張しますぅ〜……」

 

反董卓連合の発案者である袁紹の本陣へとやってきた士郎達。

そんな中、士郎の隣に居る朱里は緊張で所為でガチガチに固くなっていた。

士郎はそんな朱里の緊張を和らげる為に話題を振る。

 

「朱里、軍議中に色々と質問する事もあると思うから、その時はよろしくな?」

 

「は、はいっ! 頑張りましゅっ!」

 

しかし、朱里の緊張が和らぐ事は無く、舌を噛んでしまう。

痛そうな表情を浮かべる朱里。

 

「大丈夫か?」

 

「あぅ……ごめんなさい」

 

士郎に対し、申し訳無さそうな表情を朱里は浮かべる。

 

「謝るなって。 俺も朱里と一緒で結構、緊張しているんだ」

 

その言葉を聞き、朱里は驚きで目を丸くする。

 

「そ、そうなんですか!? 御主人様でも緊張しちゃうんですね〜。 とても、そうは見えないのに……」

 

朱里が見る限り、士郎に緊張していると思わせる態度は見当たらない。

 

「まあ、こういう面談にはある程度慣れてるからな。 緊張が表に出てないのはそのお陰だよ。 それに、初対面での印象は後に響くからな」

 

色々と鍛え上げられている成果が見られる士郎だった。

 

「はい、その通りですね! 私も頑張ちゃい!」

 

又も舌を噛む朱里。

 

「あぅ〜〜〜」

 

小動物の可愛らしさ全開であった。

 

「落ち着け朱里。 まずは深呼吸だ」

 

そうして朱里を落ち着かせる事に成功した士郎は、朱里を伴い袁紹達の待つ陣へと足を進めた。

 

 

 

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

陣へ足を踏み入れた瞬間、士郎へ先に来ていた3人の少女達の視線が集まる。

士郎から見て中央には、腰の辺りまで伸びた長い金髪を縦ロールにし、派手すぎる鎧に身を包んだ女性。

とても古代中国の武将には見えず、その鎧が無ければヨーロッパ貴族と言った方がまだ、現代人には通じるだろう。

次に左側に見えるのは、またしても金髪の少女。

今度は金髪をツインテールして、それにロールが掛かっており、髪留めが何故か髑髏の形をしていた。

小柄な体格に反し、身に纏う覇気は王者の貫禄を醸し出している。

最後、右手側に見えるのは、小麦色の日焼けしたような肌をしており、先程の少女と感じが少し違うが(先程の少女を『動』とするなら、此方は『静』だろうか?)彼女も他者を圧倒する存在感を身に纏っていた。

 

(日焼けした様な肌って事は南方出身だろうから、右側の彼女が孫権。 状況から考えれば、堂々と中央に座ってるのは袁紹って事になるだろうから、左側が曹操か。 ヤッパリ、女性だったな……)

 

ずばり、予想を的中させる士郎。

 

「……コホンッ。 あなたが近頃、庶人たちに天の御遣い〜なんて噂されてる方ですの」

 

沈黙を破り、中央に座っている袁紹が声を掛ける。

 

「ああ、周囲からはそう呼ばれてるな」

 

「……ブ男ね」

 

小柄な少女、曹操が士郎に対しポツリと呟く。

 

(挑発か?)

 

恐らく、自分の言葉にどんな反応を返すのか、曹操は見極めているのだろう。

士郎は肩をすくめ、曹操の物言いを受け流す。

士郎が自分の毒舌を吐いた意図を理解していると感じ、曹操は一瞬、眼光が鋭くなる。

 

「………」

 

そして、孫権はと言うと、興味がなさげにそっぽを向いていた。

士郎はこの軍議の席に蔓延る不穏な空気をヒシヒシと感じていた。

 

(コイツ等、絶対に仲が悪いな)

 

「よお、衛宮。 久しぶりだな」

 

そんな重苦しい空気の中、笑顔で士郎に声を掛る人物が現れた。

黄巾党との決戦の時、共に戦った遼西の太守の公孫賛だ。

 

「あ、公孫賛か。 久しぶりだな」

 

「そんな呼びにくい言い方せずに、伯珪で良いって。 それより、元気だったか?」

 

「ああ、そっちも元気そうで何よりだ」

 

士郎達のやり取りに、袁紹が割って入ってきた。

 

「……伯珪さん。あなた、天の御遣い〜なんていうこの男とお友達なんですの?」

 

どこか言い方に棘が感じられる袁紹の言葉。

 

「まあな。 ま、一緒に戦った仲って奴さ」

 

「そうですの。 まぁ門地の低い者同士、仲良くなさるのは良いことですわね。 おーっほっほっほっ♪」

 

士郎は、袁紹が名門を鼻に掛ける目立ちたがり屋だという事を理解した。

 

「はぁ……もう慣れてはいるが、相変わらず名家意識を鼻に掛ける奴だ」

 

「あら。 鼻になんて掛けていませんわ。 鼻に掛けなくても袁家は本当に名家なんですもの♪」

 

公孫賛の領地と袁紹の領地は隣接しており、その所為で何かと苦労したのだろう。

士郎は公孫賛に対し、同情した。

 

「はいはい。 それはもう良いよ。 それよりさっさと軍議に移ろうぜ」

 

公孫賛があっさりを聞き流したのが気に入らなかったらしく、袁紹はムッとした表情を浮かべる。

 

「伯珪さんに言われるまでもありませんわ。 わたくしの台詞を取らないでくださいます?」

 

全く、出しゃばるのが好きなんですから──―などと、自分の事を遥かに棚に上げし、ぶつくさと文句を垂れる袁紹。

 

「さて、皆さん。 わたくしの下にこうして集まって頂いたのは他でもありませんわ」

 

袁紹が漸く本題に入った。

 

「董卓さんの事です。 董卓さんという田舎者は、田舎者の分際で皇帝の威光を私的に利用し、暴虐の限りを尽くしておりますの。 それはここにお集まりの皆さんもご存じでしょう?」

 

自分が名家である事を示したいのが丸分かりな物言いである。

 

「そんな董卓さんを懲らしめてやる為に、皆さんの力をこのわたくし……そう! 三国一の名家、袁家の当主であるこのわたくしに、皆さんの力を貸して下さるかしら?」

 

そんな言葉を聞いて、士郎は呆れていた。

自分の為に、この反董卓連合を利用しようとしているのが丸分かりである。

 

「ふん……己の名を天下に売るために董卓を利用しようとしてるだけのクセに。 良く言うわね」

 

曹操がポツリと呟く。

その呟きは袁紹の耳に届く。

いや、わざと聞かせたのだろう。

 

「あら。 そこのおチビさん。 今、何か言いまして? 身長と同じように声まで小さくて、何を仰ったか聞こえませんでしたわ〜」

 

袁紹は頬をひくつかせながら、曹操に言葉を返す。

 

「老けた見た目同様、耳が悪いようね、おばさん」

 

冷静に返した様に見える曹操の声だったが、士郎の耳は怒気が混じっているのを聞き逃さなかった。

 

「くっ……口の減らないチビですわね!」

 

「あなたこそ口の減らないおばさんだこと」

 

「……っ! あーーーーっ! もう、このチビはむかつきますわ!」

 

やはり、先に我慢できなくなったのは袁紹だった。

そして、表面上は冷静に返していた曹操も、袁紹の『チビ』と言う単語の連発に腹を据えかねていたらしく――

 

「チビチビうるさいわね。 ……死んじゃう?」

 

殺気を表に出す。

どうやら少女も自分の体格については気にしていた様だ。

 

「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ!」

 

袁紹は怒りで顔を真っ赤にし、曹操は不機嫌そうな顔で、バチバチと2人の視線は火花が散っている錯覚し、自分の得物に手を掛けようとする。

 

「あーっ! もう! 袁紹も曹操も落ち着けよ! 今はそんな事でいがみ合ってる場合じゃないだろうが!」

 

一触即発の2人の間に公孫賛が割って入る。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」

 

「…………………………」

 

しかし、2人は睨み合いを止める様子が無い。

 

「無視かよ。 ……おい孫権。 お前も何か言ってくれよ」

 

「……私には関係ない」

 

我関せずと、止めようとしない孫権。

仕方無しに、再び2人に向き合う公孫賛。

 

「はぁ……あのな、今は皇帝を擁している董卓にどう戦を仕掛けるかを相談、だろ?」

 

何とか軍議へと話題を引き戻そうとする。

 

「そもそも大義はどう作るのか。 難攻不落として知られる水関や虎牢関をどうやって抜くのか。 ……それよりもっと前に、この連合をどう編成し、どう率いていくのかを決めなくちゃ、だろ?」

 

そんな公孫賛の祈りにも等しい声がようやく耳に届いたらしく、袁紹が睨み合いを止める。

 

「……そうですわね。 伯珪さんの言う通りですわ。 ふふっ……わたくしとしたことが、可愛げのないおチビにかまけて軍議の本質を忘れるところでした」

 

「忘れるところじゃなくて、忘れてたんだろうが」

 

袁紹に対し、突っ込むと、ハァ……と、公孫賛がもう何度目になるかも忘れる位、疲れた様子で溜息を漏らした。

 

「ふんっ……まぁ良いわ。 今は引いて上げるから、さっさと軍議を進めなさいな」

 

曹操の言葉にピクリと反応する袁紹。

 

「引いて上げる………?」

 

「あーっ! もう! それ位でいちいち怒るなって!」

 

公孫賛が慌てて袁紹を宥めようとする。

その説得に応じた袁紹は、とりあえず軍議を進める。

本当に苦労している公孫賛だった。

 

「さて、皆さん! この連合に1つだけ足りない『もの』がありますわ」

 

袁紹の言葉に、諸侯達は注目を集める。

 

「……そう。 この軍は袁家の軍勢を筆頭に精鋭が揃い、武器や食料も衛宮軍を除いて充実し、気合いだって充分に備わっていますけれど、たった1つだけ足りないものがあるのですわ。 その足りないもの……とは、何かおわかりになります? 天の御遣いとやら」

 

(何か、俺に恨みでもあるのか?)

 

合ったばかりで、これ程の敵意を向けられる覚えの無い士郎はやや困惑するが、袁紹の質問を考える。

 

(1つ? 他にも足りないものはあるんだが、こういう輩が求めている答えは……)

 

「……袁紹の問いの答えは優れた統率者だろう。 まぁ、他に情報なんか足りないものは幾つかあるんだがな

 

目立ちたがり屋の袁紹の答えであろうと予測し、それと同時に他の事にも気が付いていない袁紹に対し、小声で痛烈な皮肉も込める士郎。

 

「あら! まぁ、天の御遣いなんて噂をされているなら、それ位は分かって当然ですわね」

 

「…………」

 

士郎の皮肉が全く通じていない袁紹。

士郎は公孫賛の方を向くと、何か悲痛な表情で頷いていた。

それ程、この袁紹は○○なのだ!

 

「そう! この連合に足りないもの! それは優れた統率者!」

 

再び、諸侯達に向き合うと袁紹が喋り始める。

 

「そう。 この軍は諸侯たちの謂わば私軍。 その私軍を大義によって糾合し、一つの目的のために一致団結させるには優れた統率者が必要なのです。 強くて、美しくて、高貴で、門地の高い……そう、まるでわたくしの様な、三国一の名家出身の統率者が必要なのですわ!」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「……そういうオチか〜」

 

袁紹の答えに、場の空気が一気に白ける。

 

「おほほ、そこで皆さんに質問ですわ。 この軍を統率するに相応しい、強くて、美しくて、高貴で、門地の高い三国一の名家出身の人物は、だ・ぁ・れ?」

 

そんな、○○としか言いようの無い問いに、マトモに答える人物がこの中に居る筈も無く。

 

「はぁ……バカバカしい」

 

曹操は袁紹に対し、張り合う事すら恥に思い。

 

「アホくさ……」

 

それまで軍議を進めようと動いていた公孫賛も、さすがにもう付き合いきれなくなった。

 

「…………」

 

孫権は最後まで我関せずを貫き通した。

 

「あら? 意見はありませんの? では満場一致でこのわたくし……そう! 三国一の名家の出である、この袁本初が連合の指揮を執りますわ!」

 

場の空気を全く読めていない袁紹は、高らかに反董卓連合の指揮を執ることを宣言した。

 

「……勝手にすれば」

 

呆れた様子の曹操。

 

「……異議はない。 だが、我が軍は我が軍で勝手にさせてもらおう」

 

付き合う必要を感じていない孫権。

 

「まぁ……この際だから仕方ないな」

 

何を言っても聞く筈も無いと、諦め顔の公孫賛。

3人はもう付き合いきれないと、軍議の席を立ち去った。

 

 

「………」

 

『憐れ』そんな言葉が士郎の脳裏を過ぎった。

しかし、軍議では未だ実質的には何も決まっていなかった。

 

「何ですの? その憐れみを浮かべた目は。 何か言いたい事でもありまして?」

 

「………まぁ、なんだ。 ……部署とかは如何するんだ? まだ決めてないだろう?」

 

別の事を言おうとした士郎だったが、その言葉を飲み込み、これからの事を聞く。

 

「それは後で伝えますわ」

 

「そっか。 俺も戻るけど……」

 

士郎も軍議の席を立ち去ろうとする。

 

「ふんっ!」

 

何処か寂しそうに見える袁紹だった。

 

 

 

 

 

【何とか1ヶ月で完成しました! まぁ、殆どは原作通りですが、伏線を張ったりもしていますので、何処か分かる人も大勢いるでしょう。 次回は女王様が、家来を直々にヘッドハンティングしに行ったりします! 人物設定の方もかなり人が増えました】

 


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