Fate † 無双

 

第6話

 

 

 

「ふぅ〜……大分、片付いたな」

 

士郎は目の前に積み重ねられた書類を前にし、一息吐いた。

 

(瑠璃さんの苦労が良く解った……)

 

何度か瑠璃の手伝いで書類仕事をした事があった士郎だったが、自分がトップとして全体の裁量を任された事が無かった為、其処まで実感は出来ていなかったのだが、現在では瑠璃の苦労が理解できた。

 

「しかし、街の復興も大方終わったのは良いんだが、なんで幽州の半分以上を治める羽目になったんだ?」

 

黄巾党の乱を治める少し前辺りから士郎が県令を務めている街に他の街から庇護を求めてくる事が多くなったのだが、その数が黄巾党の乱を治めると格段に跳ね上がり、一気に幽州の大半を収める太守になっていた。

愛紗や朱里の言葉では『ご主人様の人望です!』との事だった。

実際、士郎達は民から慕われており、政も民の事を考えて行われており、長年苦しめられてきた黄巾党を退治した士郎達の傘下になら入っても良いと言う意見を大半の街が持っていたのだから当然と言えば当然の事だった。

 

バン!

 

士郎が物思いに耽っている最中、急に扉が開いた。

 

「ご主人様!」

 

何やら愛紗が慌てて入ってきた。

 

「如何したんだ、愛紗? そんなに慌てて」

 

不思議そうな顔をする士郎。

 

「も、申し訳ありません。 ご主人様、鈴々が此方に来てはいませんか?」

 

自分の慌てぶりを振り返り顔を赤くする愛紗だったが、自分の用件を話す。

 

「鈴々? いや、今日はまだ来てないけど……、鈴々が何か仕出かしたのか?」

 

何かしら騒ぎを起こす鈴々なので、士郎もそう思ってしまった。

 

「ええ……。 今日、警邏の衛兵達が鈴々が待ち合わせの時間に現れず困り果てていましたので、代わりに私が出る破目に……」

 

何やら怒りのオーラを纏い始める愛紗。

 

「鈴々の奴、またサボったのか!?」

 

「ええ、そうです! ご主人様! 今日と言う今日は鈴々に反省させなければ!」

 

鈴々の所業に怒りの愛紗。

 

「成程、お仕置きする為に鈴々を捜していた訳だ」

 

「はい、その通りです。 ご主人様、鈴々の居場所に心当たりは有りませんか?」

 

「ん…………。 厨房や鍛錬場なんかは見て回ったのか?」

 

「はい、城の周りは粗方見回りましたが……」

 

無念そうな表情を、愛紗は浮かべる。

 

「そっか……。 そうなると、外に出かけたか入れ違いになってるかのどちらかの可能性が高いな……。 分かった、愛紗。 他の皆にも鈴々を見かけたら知らせるように言っておくよ」

 

「有り難う御座います、ご主人様」

 

士郎の心遣いに頭を下げる愛紗。

 

「別に頭を下げるような事じゃないぞ、愛紗」

 

士郎の言葉にクスリと微笑みを浮かべる愛紗。

 

「ん? 可笑しな事を言ったかな、愛紗?」

 

「いえ、ご主人様らしいと思ったので」

 

良い主人に巡り会えた事に感謝する愛紗。

 

「……そっか?」

 

対照的に何処か納得の行かない士郎。

 

「私は、ご主人様にお仕え出来て幸せです」

 

「ああ、俺も愛紗が傍に居てくれて助かってるよ」

 

愛紗の率直な言葉をやや曲解して受け取っているのが丸分かりな士郎の言葉だった。

しかし、2人の間の雰囲気が良いものになっているのは間違い無かった。

 

バン!

 

そんな中、又もや士郎の部屋の扉が勢いよく開かれる。

 

「お兄ちゃ〜んっ! 遊ぼう〜なのだ!」

 

士郎の部屋に愛紗が探している人物である鈴々が元気よく入って来た。

 

ピタリ

 

入って来たのだが……、鈴々は愛紗の姿を視界に入れると、時間と共に一瞬、固まってしまう。

 

「あ、遊ぼうと思ったけど、鈴々、用事を思い出したのだ。 あっはは……」

 

正気に戻ると、鈴々は素早く回れ右をし、部屋を出ようとするのだが……、その一瞬の時間が鈴々の運命を決めてしまった。

 

「そう言うな鈴々、私はお前に用事があるのだ♪」

 

鈴々より早く動いていた愛紗が回り込み、其れを阻止する。

顔には眼が全く笑っていない笑顔を浮かべて……。

警邏の件に加えて、恐らくは先程の士郎との良い雰囲気の所を邪魔された怒りも入っているのだろう。

女性の怒りとはとても恐ろしい『モノ』だ……。

 

「な、何をする心算なのだ、姉者!」

 

今の愛紗の様子が尋常ではない事に気が付いている鈴々。

このまま行けば、無事ではいられないのは本能や理性でも丸分かりであった。

 

「なぁ〜に鈴々。 少しばかりご主人様の居ない所で話し合いをするだけだ。 そんなに怯えるな♪」

 

クスリと先程、士郎に浮かべた笑みとは『音』は同じでも含む感情や意味が全く違う笑顔が愛紗の顔に浮かび上がる。

 

「ひ、ひっ〜〜〜い!」

 

その笑顔を至近距離で見てしまった鈴々は腰が抜けそうになってしまう。

 

(ど、如何したんだ、鈴々!?)

 

丁度、愛紗の体に隠れて、その笑顔の被害に遭っていない士郎だった。

ある意味、幸運な士郎である。

 

「は、放すのだ〜〜〜!」

 

愛紗の笑顔の恐怖に体が竦んでしまった所為か、鈴々はあっさりと捕まってしまう。

 

「こら、暴れるな鈴々。 ご主人様、私達はこれで失礼します」

 

ペコリと頭を下げると、愛紗は鈴々を引きずって何処かへ行ってしまった。

その晩、鈴々が夕食を食べに来る事はなかった……。

 

 

 

 

 

「愛紗さん、お話があります」

 

何処か難しい顔をしている朱里。

愛紗はその顔を見て、何事かと思う。

 

「如何した、朱里? 何か問題でも起きたのか?」

 

「いえ、特に大きな問題は今の所はありません」

 

「それでは?」

 

「ご主人様の事です」

 

「ご主人様の?」

 

不思議そうな表情を浮かべる愛紗。

 

「はい、そうです。 ご主人様はこの頃、政務に視察、それに調練など休まずに働いておられます」

 

「うむ、そうだな。 ご主人様の働き振りには凄まじいものがある。 鈴々も少しは見習って貰いたいものだな」

 

愛紗は士郎の働き振りを思い浮かべる。

法の不備の見直し、公共の設備の強化、治安の維持、軍備の強化、民や兵達への慰安。

挙げれば限が無いほどの働き振りだった。

 

「しかし、偶には休んで貰わなければ体を壊しかねませんので、休暇を無理矢理にでも取って貰おうと思ってるんです」

 

明らかにオーバーワークに見える士郎の働き振りを朱里は心配していた。

 

「それは良い考えだ朱里。 早速、ご主人様には休暇を取って頂こう」

 

「よかったです〜♪ 愛紗さんに賛成して貰って。 そう言う訳で、これがご主人様が休暇中に愛紗さんにして貰う仕事です」

 

ドサ

ドサ

ドサ

 

大量の報告書や指示書が愛紗の目の前に置かれる。

その量に愛紗は冷や汗を掻いてしまう。

 

「し、朱里……、これは一体?」

 

半ば理解している愛紗だったが、その理解を拒んでしまう。

 

「これはご主人様が処理している書類ですよ? まあ、何時もよりは数は少ないですけど……」

 

「す、少ないのか……。 これで?」

 

戦慄が走る愛紗。

そして、士郎に改めて尊敬の念を抱くのであった。

 

「はい。 調練や警邏の方は鈴々に頼んでおきましたので心配しないで下さい♪」

 

ニッコリと笑顔で逃げ道を何気なく塞いだ朱里。

流石は名軍師と言ったところであろう。

恐るべし『はわわ軍師』……。

 

「わ、分かった……」

 

士郎の休暇に賛成してしまった手前、断りたくても断れない愛紗であった。

 

 

 

 

 

「休暇?」

 

士郎は朝早くに突然やって来た朱里の言葉に戸惑いの表情を浮かべる。

 

「はい。 ご主人様のお疲れを取っていただく為に今日1日は休暇とさせて頂きました。 書類仕事などは他の人を手配しましたのでユックリお休みになって下さいね」

 

ニッコリと笑顔を浮かべる朱里。

 

「……分かったよ。 今日はお言葉に甘えさせてもらうよ」

 

「はい! それじゃあ、私はやる事がありますので、これで失礼しますね」

 

朱里はペコリと頭を下げると、部屋から出て行った。

 

「さて、行き成りの休暇だけど、何をしようか?」

 

此方の世界に着てからというもの忙しさに追われ、休暇など無かった所為である。

 

「……まあ、城下町にでも行くか。 愛紗の用意してた護衛も無しに出かけられるなんて事は滅多に無いからな」

 

士郎自身、そこいらの兵や将よりも高い戦闘力を保持しているのだが、心配性の愛紗は視察などの時には常に護衛の兵士を何人か付ける為、落ち着いて街へ行けなかったのだ。

 

「さて、着替えるかな」

 

士郎は何時もの服から、この時代の庶民が着ているような服装に着替える。

 

「後は書置きを残しておくか」

 

『城の外へ行って来る。 夕方頃には戻る予定』

 

「これで良し! 久々に楽しみだ」

 

士郎の顔には笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

「ご主人様♪ ゲームでもしませんか?」

 

朱里はボードゲームらしきものを手にし、士郎の部屋に入ってきた。

 

「あれ?」

 

辺りをキョロキョロ見渡す朱里。

その視界には士郎の姿が写らず、1枚の書置きが目に入った。

 

「えっと何々……『城の外へ行って来る。 夕方頃には戻る予定』」

 

朱里は士郎の書置きを読み上げるが、中々内容が脳内で認識されない。

 

「もう! 一歩遅かったです!」

 

士郎との時間を作る為に自分の仕事を早く終わらせたり、他にも色々と工作をしていた朱里だったが、これ程素早く士郎が動くのは計算外だったようだ。

 

(折角、愛紗さんや鈴々に仕事を押し付けて身動きが取れない様にしたのに、これは計算外ですぅ〜〜)

 

「まあ良いです。 夕方にもう一度勝負です!」

 

何やら燃えている朱里であった。

 

「それまでは、愛紗さんのお手伝いをしましょう」

 

そう言って、書類と格闘している愛紗の居るであろう部屋に向かう朱里だった。

 

 

 

 

 

「随分と賑やかだな……」

 

士郎は活気溢れる店を観て回る。

人々の浮かべる笑顔に、士郎自身も穏やかな表情を浮かべていた。

 

(しかし、改めて思うんだが、この世界は一体どうなっているんだ? 肉まん何かが平気で売ってあるし……)

 

饅頭の原型は孔明が、人の首を川に沈め、神に祈り、川の氾濫を鎮めると言う悪習をなくす為に、その頭部の代用品として作った饅頭(まんとう)だと言われている。

 

(矛盾をかなり含んだ世界だよなぁ……この世界)

 

「おっとオジサン。 これとこれ」

 

士郎は手にした食材を店主に渡す。

 

「お! 良い物を持ってくな、坊主! これはオマケだ」

 

店主が目の前の少年の正体に気が付いた様子は無かった。

 

 

 

「ふー、随分と良い物が買えたな」

 

士郎は手にした荷物を見てそう呟いた。

 

「さてっと、戻って愛紗達の為に腕によりをかけて夕食でも作るか」

 

此方の世界に来てから厨房に立つ機会が無かった為、張り切っている士郎だった。

何やら凄いことになる予感。

 

 

 

 

 

「疲れたのだーーー」

 

鈴々は仕事疲れの為か、机の上で伸びきっていた。

 

「私も疲れました……」

 

「そうだな……。 しかし、助かったぞ、朱里」

 

事務仕事に慣れている筈の朱里でも疲労の色を隠せないのだから、愛紗の疲労の度合いも窺えると言うものだ。

 

「いえいえ、礼には及びません」

 

「お腹減ったのだ〜。 愛紗、早くご飯にするのだ〜」

 

相当、お腹が減っている様子の鈴々。

 

「そうだな。 鈴々、朱里、食堂へ行くぞ」

 

「はい」

 

「やった! ご飯なのだ!」

 

椅子から鈴々は跳び退くと、一目散に食堂へと向かう。

 

「まったく、鈴々と来たら」

 

「クスクス」

 

そんな様子を見て、苦笑しながらも愛紗達は後を追う。

 

「うをぉぉぉ〜〜〜! とっても豪華なのだ!」

 

一足先に食堂に着いた鈴々は、並べられている豪華な食事を前に目を丸くする。

 

「ほぅ、これは」

 

「凄いですぅ〜」

 

遅れてやってきた愛紗達も目の前の食事に感嘆の声を漏らす。

 

「おっ! 皆、そろったな」

 

かなり似合っているエプロン姿の士郎が顔を出す。

 

「えっ! お兄ちゃん!」

 

「ご、ご主人様!」

 

「えっ〜〜〜!」

 

予想していなかった士郎の出現に、3人とも驚いてしまう。

 

「ほら皆。 折角、作ったんだから冷めない内に食べてくれ」

 

「こ、これは全部、ご主人様が?」

 

愛紗は目の前の料理の数々に指を指しながら恐る恐る尋ねる。

 

「ああ、そうだけど?」

 

士郎はエプロンを取り外し、席に着く。

 

「美味しそうなご飯なのだ! いたたきます〜なのだ」

 

鈴々は席に着いた途端に箸を動かし、次々の料理を食べていく。

 

「こら鈴々! 抜け駆けをするな!」

 

「そうです! ずるいです」

 

空腹の愛紗も目の前の良い匂いを放つ料理の数々に対抗できず、席に着くと直ぐに士郎の作った料理を口に運ぶ。

やはり士郎の料理は好評で、あっという間に4人の胃袋に収まる事になった。

その料理の出来栄えに1人は大満足し、1人は他に比べて得意ではない中華であったのだが、皆の食べっぷりに満足そうな笑顔を浮かべ、残りの2人は顔は笑顔だが、内心は複雑そうな表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

「と言う訳で、皆の意見が聞きたい」

 

士郎は愛紗達3人を集め、会議を開いていた。

事の始まりは漢王朝の皇帝、霊帝の死から始まった。

霊帝が後継者を定めないまま死んでしまった為、朝廷ではその後継を巡って争いが起きたのである。

弁太子とその異母弟である劉協の2派の争いは一時、弁太子側が優位に立ち、廃帝として即位した。

しかし、その陣営に組していた何進(かしん)の報復を恐れた劉協側の宦官達によって、何進は忙殺されてしまう。

宦官達は身を守る武力として西方の英雄として名を馳せていた董卓を利用しようとした……。

董卓は強大な軍事力を背景に廃帝から皇帝の位を剥奪し、劉協を献帝として即位させたのだが、自らを相国と言う位に置き、朝廷を動かす。

恐怖と暴力によって支配された朝廷の騒乱は大陸にも影響を及ぼす。

……その様な報告が各地から寄せられていた。

董卓を討つべく、大陸全土の諸侯の大連合が組まれる事となり、その大連合への参加を促す袁紹の使者が幽州にもやって来たのだ。

 

「黄巾党の乱で疲弊した民が、董卓の暴政によって苦しめられているのです。 これを放ってはおけないでしょう!」

 

「そうなのだ! 鈴々も連合に参加したいのだ!」

 

「2人は賛成か。 ……朱里の意見は?」

 

「……難しいかもしれません」

 

俯きながら、細々とした声で朱里は答える。

 

「何を言う! 私と鈴々、それに朱里の力を合わせれば董卓の軍勢など」

 

「あ、違うんです。 そう言う事じゃなくって……」

 

「どう言う事なのだ?」

 

「連合に参加する諸侯は、袁紹さん、孫権さん、曹操さんとかですけど、この人達は皆、軍事力も経済力も飛びぬけて高いんです。 けれど、私達は兵隊さんや税収も少ない。 無理をして連合に参加するよりも、この後の事を考えた方が良いと思うんです」

 

「……ああ、どっちが勝っても乱世になるな」

 

自分の考えを述べる士郎。

 

「はい。 連合軍が勝っても董卓軍が勝っても、漢王朝は疲弊して力を失うでしょう。 そうなれば、恐らく多くの諸侯は領土拡大の為の戦いを始めるでしょう。 そうなると、経済力や軍事力の弱い国からどんどん併合されていきます。 それを防ぐ為に、今は国力の充実が先決だと思うんですけど……」

 

「それは確かにそうだが……」

 

「それでも困っている人を捨ててはおけないのだ」

 

朱里の意見が正しいと理解はしてはいるのだ。

しかし、それを愛紗達は受けいれる事が出来ずに居た。

 

「やっぱりそうだよね……。 うーん……」

 

現実と理想の狭間で葛藤をする。

そんな雰囲気を破ったのは士郎だった。

 

「……連合へ参加しよう」

 

士郎は連合へ参加する決意をする。

 

「朱里の考えは俺もよく理解できる。 でも、大陸で今何が起きているのか、諸侯達の人となりを理解する為には実際に目にして言葉を交わさなきゃ分からないと思う。 それに、このまま国力の充実に力を入れても軍事力の整っているところには到底敵わない。 有力な諸侯に話をつけて協力関係を結んでみるのも良い手だと思う」

 

「そうですね。 責められない為に仲良しさんになるって言うの、良い方法だと思います」

 

士郎の意見に賛成する朱里。

 

「はい、それが現状では一番良い方法だと思います。」

 

愛紗も賛成する。

 

「鈴々も賛成なのだ!」

 

こうして、士郎達、幽州の勢力も反董卓連合への参加が決まった。

 

 

 

 

 

【投稿が遅くなってすいません。 次回は一ヵ月後ぐらいには出せると思います。 次回からの話はいよいよメインとなるキャラが続々と登場しますのでお楽しみ下さい】

 


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