Fate † 無双

 

第5話

 

 

 

「はぁ……何を考えているのですか、全く」

 

愛紗は士郎と顔を合わせた途端に、深々と溜息を吐く。

どうやら、先に着いた朱里に話を聞いたようだった。

 

「ああ……すまん」

 

「謝って済む問題ではありません。 兵達の事も考えて下さい」

 

「分かってる。 だけど、あの子をこの場で死なせる訳にはいかないからな。 乱世を鎮める力になってくれる筈だし」

 

「……それ程の人物なのですか?」

 

士郎の言葉を確認しようとする愛紗。

そこに鈴々が割って入る。

 

「つよそーだもんね、あのおねーちゃん」

 

「分かるのか? 鈴々」

 

「うん。 歩き方とか見てるだけでも、ぜーんぜん隙が無いもん」

 

鈴々は趙雲の力量を自分達と互角か、それ以上だと判断する。

 

「確かにな。 しかし、……たった1人であの数の賊軍に立ち向かうなどと、無謀すぎます」

 

「それは愛紗の言うとおりだな。 だから、こうして俺達が助けに行く訳だ」

 

「それはそうですが……しかし敵の数は多く、我々の軍の兵はそれよりも少ないのですよ? どうしろと……」

 

そこに、朱里が話しに加わる。

 

「策はあります」

 

「そうなのか?」

 

「はい。 彼我の戦力差はありますが、これ位ならば十分に対応できます」

 

朱里の言葉を聞き、鈴々は感嘆の声を漏らす。

 

「ほんと? 朱里すごーい!」

 

「えへへ、ありがと♪」

 

鈴々に褒められた事が朱里は嬉しかったらしい。

 

「流石だな。 ……それで、策とは?」

 

愛紗は真剣な顔をして朱里の言葉を待つ。

 

「策と言うほどのものでは無いかもしれませんが、趙雲さんが突撃すると同時に、愛紗さんと愛紗さんの直営隊の人達にも突撃して貰います」

 

「ほぉ、私も突撃するのか?」

 

自分の考えに考慮されていない朱里の言葉に、愛紗は更に耳を傾ける。

 

「鈴々はー?」

 

「鈴々ちゃんはご主人様と一緒に兵を率いて、愛紗さんの後に続いて下さい。 唯、旗手の人達を何時もの倍、用意してください」

 

朱里の策を士郎は瞬時に理解する。

 

「そうか、虚兵か」

 

「はい、その通りです。 敵は数を恃んで突撃するだけですから、愛紗さんの部隊は突撃してくる敵の先鋒に一当した後、素早く本陣に戻ってください」

 

「混乱させるのが目的と言う事か?」

 

愛紗も朱里の考えを理解する。

 

「そうです。 その時には趙雲さんも絶対に連れ戻してくださいね」

 

「ふむ……趙雲と言う人物が退くのを嫌がらなければ良いのだが」

 

「その時はまた別の策を考えます。 ……引き際は本陣で合図しますので、絶対に聞き逃さないでくださいね?」

 

「勿論だ。 だが、それから如何する?」

 

愛紗は趙雲を救出した後の策を聞く。

 

「愛紗さんが引くのと同時に本陣は兵を展開し、黄巾党の先陣を半包囲します。 この際、完全に包囲してしまうと敵は突破しようと躍起になる為、後方は開けておいて下さい」

 

「それだと逃げられちゃうのだ」

 

鈴々の疑問に直ぐに朱里は答える。

 

「それで良いの。 敵に死力を尽くされちゃうと、此方の損害も多くなるから。 後は公孫賛軍と呼吸を合わせて挟撃しましょう」

 

「成程。 私達の突撃で敵を混乱させて、ワザと退いて見せて相手の先陣を釣りながら、公孫賛軍の為に時間を稼ぐ訳か」

 

「その通りです」

 

「ふむ……流石だな朱里」

 

この短時間でそれ程の策を立てた朱里に愛紗は感心する。

 

「えへへ……」

 

朱里の方も愛紗に褒められて嬉しそうにする。

 

「では本陣は頼む。 ……合図の時期は任せたぞ」

 

「はいっ!」

 

愛紗の信頼に朱里は胸を張って答える。

 

「宜しく頼む。 ではご主人様、行って参ります」

 

「分かった。 それとこっちからも援護するけど、気を付けてな」

 

「有り難きお言葉……。 では」

 

愛紗は士郎に頭を下げると、自分の部隊を率いて出陣する。

 

 

 

「むー。 鈴々も突撃したいのだ」

 

鈴々は出陣していった愛紗の後ろ姿を見ながら、そんな言葉を漏らす。

 

「はいはい、我が儘を言わないの。 それに愛紗は鈴々がここに居るから安心して出陣して行けたんだから、その信頼を裏切らないように」

 

「そうだよ。 それに兵隊さん達は鈴々ちゃんがスッゴク強いって知ってるから付いて来てくれるんだよ」

 

「そうそう、鈴々は強くて凄いからな」

 

士郎と朱里は鈴々を持ち上げる事で機嫌を直そうとする。

 

「鈴々は凄いの?」

 

「ああ、凄い! カッコイイ!」

 

「そうだよ。 凄くカッコイイよ!」

 

その効果は有った様で、鈴々は嬉しげな笑顔を浮かべる。

 

「えへへ♪」

 

そして、2人に対して胸を張る。

 

「仕方がないのだ。 お兄ちゃんと朱里は鈴々が守ってあげるのだ♪」

 

「頼りにしてるよ」

 

「頼りにされてあげるのだ♪」

 

子供っぽい仕草で答える鈴々を士郎と朱里は微笑ましく見ながらも、頼りにしていた。

 

「それじゃあ、俺達も愛紗達に遅れないようそろそろ出陣しよう。 愛紗に合図を送る時機は朱里に一任するから頼んだ」

 

「はい! 任せてください♪」

 

「ああ。 それじゃあ行くぞ!」

 

士郎の言葉を聞き、鈴々は兵士に声を掛ける。

 

「皆、出陣だよ! 勇んで我に続くのだーっ!」

 

「「「「「応ーーーっ!!」」」」」

 

兵士達の叫び声が辺り一面を震わせた。

 

 

 

辺り一面を覆いつくす黄巾の群れ―――。

その群れを見つめる少女は、唇の端を軽く吊り上げて笑っていた。

 

「ふふふ……中々、勇壮だな」

 

地平に広がるのは2万5千の賊兵……。

それに対するは槍を1振り持つ少女のみ。

だが少女の心の内には、恐れと言う感情は微塵たりとも無い。

在るのは匪賊を打ち倒す事による歓喜と、己の武勇を発揮できる場を得た事による感謝だった。

 

「趙子龍。 今より歴史に向かい、この名を高らかに名乗り上げて見せよう!」

 

少女の手には、既に少女に馴染み、己の一部となった戦友とも呼べる槍。

宙を舞う槍は陽光を受け止め、己が存在を誇示するかの様に光を纏いキラリキラリと輝きを放つ。

その光に気が付いた様で、暴牛の如く突進するのみだった黄巾党の先陣の歩みがほんの少し緩む。

 

「ふっ……たった1人を相手に怯みを見せるか。 やはり匪賊は匪賊。 群がらなければ只のクズよ」

 

槍先を向けて、少女は黄巾党を嘲笑う。

その少女の嘲笑いに気が付いたのだろうか?

黄巾党の群れは再び先程までの進軍の速度を取り戻し、少女を蹂躙するべく暴走する。

舞い上がる砂塵が蒼空を汚す中、少女は秀麗な眉を軽く顰める。

 

「美を解さぬ下種共が。 我が槍の前にひれ伏し、蒼き空を穢した罪を詫びるが良い!」

 

八つ当たりにも似た罵声を浴びせ、それと共に宙に踊らせていた槍を脇に構え、細い腰をゆっくりと沈ませていく。

―――途端、少女の周りの空気が一変する。

穏やかだった空気が、焼け焦げそうな熱気を含み始めたかのように錯覚する。

 

「ふぅーーー……」

 

唇から吐息が漏れ、その吐息が糸のように細くなった瞬間―――。

 

「常山の昇り竜、趙子龍! 悪逆無道の匪賊より困窮する庶人を守る為に貴様達を討つ! 悪行を重ねる下種共よ! 我が槍を正義の鉄槌と心得よ!」

 

少女は雄々しい名乗りを上げる。

 

「いざ―――――参るっ!」

 

そして、たった1振りの槍を構え、押し寄せてくる大勢の群に向かって足を力強く蹴り出した。

 

 

 

「不味いな……」

 

士郎は1人、遠く趙雲が戦っている戦場を見ていた。

常人、いや普通に考えれば見えぬ筈の距離であったが、その程度は士郎にとって造作も無い事だった。

始めは大軍をものともせずに敵を切り伏せていた趙雲だったが、倒されていく敵が人垣となり趙雲の華麗な舞の邪魔をし、続けていくうちに人垣の高さは趙雲の腰までとなる。

そんな中、黄巾党達の思考は麻痺したかの様に次々に新たな屍を作られようとも趙雲に襲い掛かっていった。

大勢に囲まれ移動しながら戦っていた趙雲の疲労の色も濃い。

1人1人の力量の差は圧倒的だったが、物量の差が出始めてきた。

 

「お兄ちゃん、如何したのだ?」

 

1人眉を顰める士郎を鈴々は心配そうに見る。

 

「ちょっと彼女がヤバイ。 愛紗達が着くのにもう少し掛かるってのに……」

 

急いで掛け付けている愛紗達の部隊だが、其れまで趙雲が持つか微妙な所だと判断する士郎。

 

「ええ! お兄ちゃん見えてるの!?」

 

ここから趙雲が戦っているところまで1キロ以上も離れている。

ぼんやりとは見えるが、そこに居る人物を見分けるなど鈴々にはとても出来ないと思えた。

 

「ああ、眼は良いからなら」

 

そう言うと士郎は弓を手に持ち矢を番え、弦を絞る。

 

「ご主人様! ここから狙うんですか!?」

 

朱里が驚いた声を上げるが、弓に集中している士郎にその声は届かない。

 

(まったく、厄介な『制限(ギアス)』の所為で『投影』がマトモに使えないからな……)

 

実際の所、現在の士郎には九郎達から『制限(ギアス)』が掛けられており、大きな魔術行使が出来なかった。

何故その様な事になっているのかは、此方の世界に来る前にある事件があった所為なのだが、説明は省かせてもらう。

先日の『デュランダル』も外見のみのハリボテで、とても実戦の使用に耐えられる物ではなかった。

 

(ったく無いもの強請りをしても、しょうがないな……)

 

そんな余計な思考を一瞬で士郎は消して、趙雲を助ける為に弓に集中する。

 

「……行け」

 

そして、士郎の手が弦から離れ、矢が放たれた。

 

 

 

(くっ……)

 

「その調子だ! もっと身動きが出来ない様にしちまえ!」

 

趙雲に倒された屍が更に積み上がっていき、確実に動きを制限していく。

命を命と思わぬ頭の指示だったが、戦場の狂気がそうさせるのか、それがさも当たり前かのように趙雲に実行される。

 

一閃、一閃、確実にその閃光は敵を仕留めていく。

しかし、趙雲が放つ煌く槍の輝きも確実に鈍っていく。

趙雲の脳裏に焦りと苛立ち、悔しさと共に一瞬、死の恐怖がよぎる。

 

「だが! 私はまだ負けん!」

 

その時、趙雲は運悪く屍の流す血によって足を滑らし体勢を崩してしまう。

 

「!!!」

 

「貰った!」

 

其れを見た1人の兵士が歓喜と共に己の剣を突き出す。

しかし、其れよりも速く、『何か』がその兵士の頭を貫く。

それは紛れも無く士郎の放った矢であった。

 

「な! 何だ!」

 

突然の事に黄巾党の兵士達は驚きを隠せない。

矢は更に放たれ、1人、2人と黄巾党の眉間を貫いていく。

 

「衛宮軍の勇志達よ! 今こそ我らの力を天下に見せ付けるのだ!」

 

黄巾党の兵士達の混乱覚めやらぬ中、殺伐とした戦場に凛とした美しい声が響き渡る。

 

「全軍突撃だ! 命を惜しむな! 名を惜しめ! 我らは天に守られた誇り高き天兵なり!」

 

「「「「「応っーーー!!!」」」」」

 

後方より突如現れた小隊の所為で、黄巾党達の混乱は更なるものとなる。

その隙を逃さずに趙雲はその場より離れ、体勢を立て直す。

 

「如何いう事だ、これは……っ!?」

 

己が武勇を発揮する場に突然乱入し、次々に敵を撃破していく兵士達を見つめながら、趙雲は訝しげに首を捻る。

 

「……全く。 1人で突撃するとは無茶をする」

 

愛紗は体勢を立て直した趙雲に近づき声を掛けた。

 

「ふむ……? その青竜刀……お主、もしや武勇の誉れ高き関雲長か?」

 

愛紗の手にした得物を見て、何者か趙雲はすぐさま推測する。

 

「いかにも。 主の求めに応じ、貴女をお助けする為に来た。 ……共闘願えるか?」

 

「無論だ。 助太刀感謝する」

 

愛紗の申し出を了承する趙雲。

 

「うむ。 ならば暫し戦った後、我らと共に退いて貰いたいのだが……」

 

「ほお……なるほど。 先陣を釣るという訳か」

 

趙雲は直ぐに愛紗の言わんとする事を理解する。

 

「そうだが……よく分かったな、お主」

 

「ふっ……兵ではなく将ならば、其れ位は見抜くものさ」

 

「成程、ならば話は早い。 今は敵を打ち砕き、然る後に退くとしよう」

 

「良いだろう。 名高き関羽に背中を任せるのだ、私も本気が出せるというものだ」

 

「ふっ、頼もしいな」

 

愛紗は趙雲の言葉を聞き、笑みを浮かべる。

そして、それは趙雲もだ。

 

「ふっ、お互いにな」

 

「そうだな。 ……では参ろうか」

 

 

 

「もう大丈夫そうだな」

 

士郎は愛紗と趙雲が合流するのを見届け暫くした後、構えを解く。

士郎の目には愛紗と趙雲が背中合わせ、お互いの隙を補い呼吸を合わせ、次々に襲い来る敵を倒していくのが見える。

其れは正に黄巾党の兵達から見れば地獄絵図の様だった。

 

「お兄ちゃん、あのお姉ちゃんは大丈夫?」

 

鈴々は愛紗達が黄巾党の先陣に突撃した所までは分かるが、この場所からではまだ遠すぎて1人1人の区別が出来ない。

 

「ああ、無事に愛紗と合流が出来たみたいだ。 目立った怪我も無いみたいだし」

 

「はぇ〜ご主人様、よく分かりますね〜」

 

士郎の余りの視力の良さに感嘆の声を朱里は上げる。

 

「まぁね。 大分、こっちが押してるな」

 

士郎の弓や不意打ちの効果もあり、完全に浮き足立った黄巾党の兵達は士郎達の軍に押されていた。

 

「そうですね。 そろそろ合図の時です。 スイマセン! 銅鑼をお願いします!」

 

兵士の1人が朱里の要請を受け、銅鑼を思いっきり叩く。

 

 

 

どんー! どーんーー! どーーーんーーーー!

 

 

 

鳴り響く銅鑼の音に愛紗は素早く反応する。

 

「合図だ。 趙雲殿、退くぞ」

 

「応っ」

 

2人は部隊を率いて手筈通りに後退を始める。

 

 

 

朱里の目に後退を始める愛紗達の部隊が映る。

 

「あ……ご主人様。 愛紗さん達が撤退してきますっ! 其れを追いかける様に、黄巾党の先陣も続いてきますよ!」

 

「まあ、作戦の2段階も成功といった所だな。 鈴々、号令を頼む」

 

「任せるのだ! 総員戦闘配置!」

 

鈴々は雄雄しく号令を掛け、兵士達も其れに応え自分達の部署へと走っていく。

 

「突出してくる敵を囲んで、ボッコボッコにやっつけちゃうのだ! 皆、鈴々に続けーーーっ!」

 

言いながら真っ先に駆け出す鈴々。

 

「「「「「応っ!!」」」」」

 

兵士達も其れに続き、雄叫びを上げながら戦場に向かう。

そして、黄巾党との戦端が開かれた―――。

 

 

 

開戦より士郎達の軍が守勢に徹しながらも確実に敵兵を減らしていたが、やはり数の差は大きく徐々に押され始める。

今だ兵士達に大きな損害は無いが、其れも時間の問題だと思われた。

 

「朱里! 公孫賛の軍はまだ現れないのかっ?」

 

「分かりません! もう頃合いですけど―――」

 

愛紗の言葉を受け朱里が更に言葉を紡ごうとした、ちょうどその時、1人の兵士から連絡が入る!

 

「敵後方に砂塵と白馬に跨った騎兵の姿が!」

 

「旗はっ!?」

 

趙雲が兵士に騎兵達が掲げている旗が何なのか問いただす。

 

「公孫! 味方の援軍です!」

 

「よし!」

 

趙雲は軽い笑みを浮かべる。

 

「やったぁ! 愛紗さん!」

 

続いて朱里も満面の笑みを浮かべる。

 

「ああ! 今こそ攻勢に移ろう! 公孫賛の軍と呼応して敵を挟撃するぞ!」

 

今までの鬱憤を晴らすかのように、高らかに愛紗は宣言する。

 

「突撃! 粉砕! 勝利なのだーっ!」

 

「全軍突撃ーーーーーっ!」

 

愛紗と鈴々に号令に応え、兵士達も雄叫びを上げ敵に突撃する。

 

 

 

公孫賛の軍が後方より突撃した為に、其れまで膠着していた戦線が一気に傾いた。

その隙を朱里達が逃す筈も無く、其れまで防衛に徹していた兵達を纏め、あっという間の逆転劇となった。

その手際は見事と言うしかない。

逃げ崩れた黄巾党の兵には公孫賛の軍が当たる事となり、士郎は愛紗達と共に引き上げる事となった。

 

 

 

「おお、そう言えば関羽殿。 先程の弓での援護かたじけない」

 

趙雲は先程の戦いで間一髪の所を救ったであろう人物に声を掛けた。

 

「……弓? いったい何の事だ?」

 

覚えの無い趙雲の礼に愛紗は眉を顰める。

 

「ふむ……先程、私が血で足を滑らせてしまい体勢を崩したのだが、弓の援護で救われたのだ。 アレは関羽殿の指示ではなかったのか?」

 

「あ! 其れはお兄ちゃんなのだ!」

 

その会話に心当たりのある鈴々が割って入る。

 

「衛宮殿が?」

 

「そうなのだ! あんなに離れた所から矢を当てるなんて、やっぱりお兄ちゃんは凄いのだ!」

 

士郎の弓の腕前を確認できた鈴々はワクワクした様子で趙雲に話す。

 

「……私達が突撃する前の筈だから、まだご主人様が居た所はかなり離れた所の筈だが……」

 

「そ、そうなのか……。 其れにしては正確に敵の兵士達の眉間のみを打ち抜いていたが……」

 

愛紗と趙雲も信じられない程の弓の腕前だった。

 

「御疲れ様。 ……怪我は無いか?」

 

3人が話していると士郎がやって来て、3人の様子を伺う。

 

「これは衛宮殿。 お気遣いかたじけない。 幸いにも貴方のおかげで怪我はありません。 其れと命を助けていただき、有り難う御座います」

 

趙雲は先程の弓の射手が士郎だと分かると、深々と礼をする。

 

「頭を上げてくれ。 無事で良かった。 けれど趙雲さん、無茶しすぎだ」

 

「アレ位は無茶の範疇には入らないのですが、命を救われた手前、大きな事は言えませんな。 其れよりも、なぜ私の名前を?」

 

頭を上げた時に士郎の笑みを直撃してしまった趙雲だが、その驚異的な精神力で其れを表には出さなかった。

 

「ああ、公孫賛から聞いたんだよ。 客将をしているって」

 

趙雲の疑問に士郎は直ぐに答える。

 

「うむ。 正にその通り。 ですが、残念ながら伯珪殿を主とする事はもう無いでしょう」

 

「そうなのか?」

 

愛紗が問う。

 

「ああ。 決して無能では無いが、乱世を制し、民を守る王にはなれんだろう。 勇気はあるが英雄としての資質が足り無すぎる」

 

「口が悪いのだ」

 

趙雲の歯にものを着せぬ言い方に、鈴々は尤もな言葉を言う。

 

「なぁに、事実を言ったまでだ。 ……まぁこの大陸で英雄としての資質を持つ者は数人だろうがな」

 

鈴々の非難めいた言葉にさして答えた様子の無い趙雲。

 

「そうなんですか? それって―――」

 

朱里が興味深そうに趙雲の話を聞き入る。

 

「うむ。 まずは魏の曹操だ。 あれ程までに有為の人材を愛し、そして上手く使える人間はそうおらん」

 

「他にはー?」

 

鈴々もその話に興味を持ったようだ。

 

「呉の孫権だな。 ……まぁ先代の孫策に比べるといくらか保守的ではあるが、それでも器は先代より上であろうよ。 彼の者が英雄としての資質を目覚めさせたなら案外侮れん存在であろうな。 それと後1人―――」

 

その人物を趙雲は挙げようとするが、其れを愛紗が遮る。

 

「我らのご主人様に決まっている!」

 

「ふっ、そうだな。 天の御遣いとして幽州全域にその名声を轟かせている衛宮殿、貴方だ」

 

愛紗の言葉を趙雲は肯定する。

 

「俺?」

 

思いがけない所で名前を出された為、士郎は驚いてしまう。

 

「何を驚いてらっしゃるのです。 啄県での善政、そして撃破した黄巾党は数知れず。 民草がご主人様を善き支配者と讃えるのは当たり前の事です」

 

「いや、ほっとけないから県令を引き受けているんだが、俺が善き支配者ね……」

 

「これは又、なんとも器の大きな方だ……」

 

士郎の物言いに趙雲は苦笑を浮かべる。

 

「其れがご主人様の良い所だ」

 

「うんうん、そうなのだ!」

 

「その通りです」

 

3人もそれぞれ士郎を褒め称える?

 

「其れより趙雲さんは、これから如何するんだ?」

 

「私ですか? しばし大陸を渡り歩き、使えるに足る英雄が他にいないか、見て歩こうかと」

 

「英雄ならばお主の目の前に居るではないか」

 

愛紗は当然のように趙雲に言い放つ。

 

「ふふっ、確かに」

 

趙雲は言いながら、士郎を見つめ微笑みを浮かべる。

 

「趙雲さんさえ良ければ、俺達の仲間になってくれ。 心強い味方が増えるなら大歓迎だ」

 

「有り難きお言葉。 ……しかし、1度口にした事だ。 其れを覆したくは無い」

 

「意外と強情なのだ」

 

鈴々はそう言うが、士郎は先程までの趙雲の行動を見ていて其れは当然だと思った。

 

「そうだな。 自分でもこの性格は持て余しているが……やはり使える人物は我が目で確かめたいのだ。 其れに私にはまだ知らねばならぬ事がある。 この大陸が今どんな状況で、そして、この先如何なっていくのか」

 

「そうか……残念だ」

 

愛紗は趙雲の言い分を理解できたのだが、其れでも趙雲が去っていくのが残念でならなかった。

 

「うむ。 関羽殿に背中を守られて戦った事は、我が誇りだ」

 

「私もだ。 お主の様な者と共に戦えて嬉しかった。 ……また、会えるな?」

 

「ああ。 約束しよう。 尤も―――」

 

何かを言いかけた趙雲は士郎の顔を見つめる。

 

「……案外早いかもしれんがな」

 

「そうだと嬉しいのだ」

 

「そうですね。 趙雲さんの戦い振りは凄かったです。 ……一緒に戦えれば良いのに」

 

鈴々は笑みを浮かべ、朱里は名残惜しそうに趙雲を見つめた。

 

「……有り難う。 だが、ここは意地を通させてくれ。 すまん」

 

「謝る事じゃない。 大陸を見て回って、仕える人が其れでも決まらなかった時には、こっちに来て欲しい。 其れまで待ってるからさ」

 

「……ああ、その時には是非」

 

趙雲は士郎の言葉に力強く頷く。

 

「では、……さらばだ」

 

趙雲は身を翻し、颯爽と立ち去っていった。

 

 

 

この黄巾党の乱で、幽州をねぐらにしていた黄巾党の殆どを排除する事に成功した士郎達。

その為、士郎達の陣営の元に庇護を求める街が相次ぎ、いつの間にか幽州の半分以上をその陣営に加える事となった。

そのお陰で士郎達の陣営は更に力を蓄える事に成功するのだが、政務の量が更に増えた士郎だが、頼りになる軍師の活躍と新たに雇用できた文官達に力を借りる事が出来る様になった。

 

 

 

 

 

【黄巾党の乱を無事治める事に成功する士郎。 次回は街の発展の様子と一大事件が!】

 


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