Fate † 無双
第3話
「ふぅ………」
士郎は報告書の類を読み終えると、溜息を吐いた。
「やっぱり、実務能力に優れた人材が欲しいよな……」
現在、この街の政務について、ほぼ全てを士郎1人でやっていた。
この時代は教育を受けている人物はそう多くなく、前回の襲撃の際に実務能力を持った人材の殆どが逃げ出したり、亡くなったりしていた。
募集はしているが、復興中のこの街の現状では優秀な人材を得る事が出来ないでいる。
「ご主人様、失礼します」
「ああ、愛紗か。 入ってくれ」
「はい」
愛紗が士郎の部屋に入ってくる。
「如何ですか? ご主人様……」
「街にある家屋の方は大分復旧してきたけど……荒らされた周辺の村の田畑の整備に、怪我人の治療、食料の確保やらで……問題は山積みだよ」
「はぁ……」
「まったく、前の県令の奴が逃げ出す際、かなりの金や人材を持っていった所為だ。 はぁ……、でも一番の懸念は黄巾党の奴らが、また責めてくる事だな」
「そうですね。 現在の状況では何度も押し寄せられては、復興にも支障が出ます。 それに、軍もそれ程、大勢の人数が居る訳ではありませんし……。 これが改善書です」
愛紗は現状の軍備に対する、不備を記した報告書を渡す。
それを士郎は受け取り、中身をさっと見る。
「そうなんだよな……。 この街の軍は義勇兵が中心だからな……防備に色々穴があるって言っても、その為に人材を集めると復興が遅くなるし、復興が遅くなると食糧問題やらが浮き彫りになって来るだろうし……。 はぁ……実務を任せられる人材が欲しいよ。 そうしたら、もう少し街の人達の意見を聞き入られるんだけど……」
問題の多さに士郎は頭を痛める。
「それではご主人様。 私は警邏があるので、これで失礼します」
「ああ、愛紗。 よろしく頼むよ」
「はい!」
愛紗は頭を下げ、部屋から退出する。
「さて、もうひと踏ん張りするか」
「あ! 愛紗〜〜〜」
愛紗が警邏に出かけて暫らくすると、向こうの方から鈴々が手を振って近づいて来た。
「おお、鈴々か。 街の様子は如何だった?」
「……う〜ん。 建物なんかの修理は大体終わったみたいで、商人なんかも大分、街に来るようになってきたし、今の所は悪い奴らが出たって話も聞いていないよ」
少し考え込んで、見てきた街の現状を鈴々は愛紗に話す。
「そうか。 しかし、まだまだ完全に復興したとは言い辛いな……。 それに早く街の防備も固めて起きたい」
「鈴々が街の外を見張ってるけど、黄巾党の奴らの姿は見てないよ」
「だが、時間の問題だ。 それに、ご主人様はこの所、政務に掛かりっきりで、碌にお休みになっておられない。 安心して休んでもらう為にも、復興を早く終わらせるか、政務を手助けできる人材が欲しいものだ」
士郎がかなりの政務能力を持っていた為、現在の復興が特に支障をきたさず進んできたのだが、流石に街全体の事を士郎1人で処理するのは大変な事だった。
「うん。 お兄ちゃん1人に負担を掛けてるし……」
武芸の他に、兵法等にも精通している愛紗だが、政については疎い為に、鈴々と同じく、士郎の力になる事が出来ずにいて、その事が2人の気を重くさせていた。
「………」
「愛紗様! 大変です!」
なにやら兵士の1人が慌てて、愛紗の元にやってきた。
「何事だ?」
「黄巾党らしき軍がおよそ1000、西の方よりこの街に進軍しています」
「何! 皆の者に伝令をし、急ぎ迎撃の準備に掛かれ! 鈴々、お前は部隊を率いて、先行しておいてくれ。 私とご主人様が直ぐに駆けつける」
周りの人間に素早く指示を出す愛紗。
「了解なのだ! それじゃあ、行って来るのだ!」
鈴々は直ぐに駆け出した。
「鈴々、くれぐれも無茶はするな!」
「分かってるのだー!」
鈴々は手を振りながら、愛紗の忠告を受け取った。
「私はご主人様に、この事を伝えてくる。 お前達は、街の人々にこの事を伝え、混乱を極力抑えるようにしてくれ」
愛紗は、残っている兵士達にそう伝えると、自分は士郎の元に駆け出して行った。
士郎は幽州啄郡啄県、大陸の北東に位置するその街の県令に祭り上げられた。
愛紗や鈴々達と共に、街の復興や周囲の啄県の周囲を根城としていた黄巾党を掃討する日々を続けていた。
数ヶ月の日々が過ぎ、士郎達の懸命の努力もあり、ようやく街も元の姿を取り戻していた。
そして、以前の戦闘の際に、県令と共に殆どの人材を失っていた県庁にも人が戻ってきて、県の機能が大分回復していた。
それまでに幾度か黄巾党との小競り合いがあったが、愛紗達の力により街は守られていた。
しかし、幾度も敗北を重ねた黄巾党だったが、逃げ延びていた者達が集まり一大軍隊を結成する。
これまでの復讐と言うべきか、その軍隊は県境の警備隊を全滅させ啄県に侵入してきた。
今の所は、朝廷より任命され他県の黄巾党を討伐し、本拠地に帰る最中だった公孫賛が率いる急造の官軍が、懸命に防戦していた。
だが、兵数に差があり突破されるのも時間の問題であった。
その事を、伝令の者が士郎達に県境から伝えに来た。
「直ぐに本隊の出陣をお願いします」
伝える事を伝え終えたその伝令は疲れ果てて、その場で気を失った。
この知らせを聞いた、士郎達は直ぐに各部署に指示を出し、公孫賛を援護するべく報告のあった県境に出陣した。
「しかし、この所は随分と出陣が続いているな。 兵達も随分と疲れが溜まってるだろうに……」
士郎は行軍する兵士達を見回しながら、そう言った。
「そうですね。 仕方が無いとは言え、兵達には随分と無理をさせています……。 何か良い方法を考えないと、このままでは兵達が力を発揮できなくなります」
「そうだね〜」
愛紗の言葉に、鈴々が相槌を打つ。
「出来ればニ交代制にするのが一番なんだろうけど、今の兵数だと無理だしな……」
「ええ、我が軍の兵士の数はただでさえ多いとは言えないのですから、それは出来ませんね」
「はぁ……。 鈴々、何か良い案はあるか?」
気分を変える為に、士郎は鈴々に話を振る。
「鈴々はなーんにも考えないのだ! お兄ちゃんにお任せー♪」
鈴々はニコニコと笑いながら答える。
「お任せー♪ って笑顔で言われてもな……。 戻ったら早急に考えるか……。 しかし、こう言う時に軍師の1人でも欲しいよな……」
「確かに、我が軍には戦場を任せられる軍師は居ませんからね。 早急に仲間に引き入れたいですね……」
軍略にも秀でている愛紗だからこそ、前線に出ながらだと全体の指揮を執るのが、不可能に近い事を理解していた。
その為に、軍全体を把握し、指揮を執れる軍師を自軍に迎え入れたいと思っていた。
「申し上げます」
士郎達がそんな話をしていると、先行していた部隊からの伝令がやって来た。
「ご苦労様、何があった?」
「はっ! 先行している部隊より更に前方二里の所で黄巾党の別働隊を発見! 別働隊は他県より移民してきた農民達を襲う準備をしている模様です!」
「ありがと。 ……愛紗、頼む」
士郎は愛紗に目配せをする。
「はっ! 全軍、駆け足! 先行部隊に追いつき、農民達を守るのだ!」
愛紗は軍に指示を出す。
「全軍! 我に続くのだーっ!」
鈴々もそれに続く。
「「「「「応っ!」」」」」
2人の将軍の指示に、兵達は応える。
愛紗達の号令の元、全軍は先行部隊に追いつく為に進行速度を上げる。
そして、家財道具を抱えて歩く農民隊に出くわした。
「ふぅ……。 間に合ったみたいだな」
最悪の事態を避けられた事に、士郎はホッとする。
「張飛隊は先行部隊と合流して戦線を形成! 私の部隊は農民達を先導して、一時後退するぞ!」
素早く、部隊に指示を出す愛紗。
「敵軍の数がハッキリしていない。 出来るだけ早く戻ってきてくれ」
「勿論です、ご主人様。 それまでは鈴々と共に頑張って下さい。 では関羽隊、行くぞ!」
そう言うと、愛紗は兵を引き連れて一時後退する。
「ああ、その人達を頼んだぞ愛紗!」
愛紗は頷き、その場を離れた。
「じゃあ、行くか鈴々」
「うん! 了解なのだ、お兄ちゃん!」
鈴々達の部隊は先行部隊と合流すると、愛紗の指示通りに戦線を築いていた。
「どうしようか? お兄ちゃん……」
鈴々は、遥か前方に武器を構えながら、此方を目指してきている黄巾党を見ながらそう言った。
「そうだな……。 かなりの速度で進軍してきているから、弓の射程距離に入ったら一斉射撃。 浮き足立った所に、鈴々の部隊が突撃ってのが良いかな……」
「そうだね……それが一番かなぁ? ……ありゃ?」
鈴々が突然首を傾げ、目を細める。
「如何したんだ?」
士郎は鈴々の見ている方を向き、目を凝らしてみる。
「!! 人か!」
「……やっぱり、逃げ遅れてる人達が居る」
士郎と鈴々に焦りが見られる。
「女の子とお年寄りに……。 にゃ〜、これはまずいのだ。 お兄ちゃん、鈴々達も突撃しよう! あの人達を助けないと!」
「…分かってる! 張飛隊は戦闘準備! こちらも奴らに突撃を掛ける! 弓兵は奴らが射程に入りしだい、矢を放って奴らを牽制し動きを止めろ!」
「「「「「応っ!!」」」」」
勇ましい掛け声と共に、兵達は剣を抜き、弓を構える。
「いっくぞーっ! 皆、鈴々に続くのだーっ!」
「はわわ、はわわ、はわわ、はわわ……っ!」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
老婆は息を切らし歩いており、その姿と後方に迫る黄巾党の姿に少女は焦っていた。
「お婆さん、もう少しだから頑張ってぇ〜!」
「わしゃもう駄目じゃぁ……お嬢ちゃんだけでも、先に逃げなさい」
老婆は自分が少女の足手纏いになっているのを自覚していた。
息の切れた自分では、後方からやってくる黄巾党に捕まるしかないと……。
「はわわ〜、そんなの駄目ですよぉ〜」
少女は老婆の傍から離れようとしない。
「しかし、このままじゃお嬢ちゃんまで……」
「そ、それでも駄目なのです! わ、私は弱い人を守る為に塾を飛び出して来たんです! だから、お婆さんを見捨てるなんて事、できないんです!」
震えながらも、老婆と向き合い少女はハッキリとそう言った。
「ああ……ありがとう。 ありがとう、お嬢ちゃん」
「はい! だから、お婆さんも頑張るのです!」
「ああ! 頑張るよ、わしゃ!」
少女に励まされ、老婆に気力が戻る。
「その意気なのです!」
「はぁ、はぁ、はぁ……それにしてもお嬢ちゃん」
「はい? 如何かされましたか?」
「後ろから黄巾党の奴らが来ているのは分かるんじゃが……前からも何か来たぞい?」
老婆の発せられた言葉で、少女は前方を向く。
「はわっ!? あぅぅ、ホントですぅ〜……」
少女達の前方に一軍が見える。
「……こりゃ、年貢の納め時かのぅ」
前方と後方を軍に挟まれた事により、老婆の口からそんな言葉が漏れた。
「はわわ、まだです! まだなのです! 諦めたらそこでおしまいなのです!」
「そりゃそうじゃが……せめて前から来るのがわしらの味方で居てくれる事を祈るかの」
「あぅぅ〜……」
老婆と少女の出来る事は、最早それしかなかった……。
「燕人張飛、ただいまサンジョー! なのだ!」
「はわっ!?」
悲壮な覚悟をしていた所に、あまりにも軽い様子で現れた鈴々に、少女は驚いてしまった。
「にゃ? まだ子供の女の子なのだ。 ケガとかしていないか?」
鈴々は少女を見ると、自分の事を棚に上げて、その様な言葉を出した。
「してないですけど……あの、私、もう子供じゃありません! 大人の女の子ですもん!」
大人の女の子……少女は自分の言っている事に気が付いているのだろうか?
「鈴々だって大人だもんねー!」
それに張り合うように、鈴々も自分が大人である事を主張する。
「おーい、鈴々。 もう良いか?」
2人のコントもどきを傍で見ていた士郎が埒が明かないと思い、鈴々に声を掛ける。
「はっ!? お兄ちゃん! り、鈴々は黄巾党の奴らをやっつけてくるのだ! お兄ちゃんはこの子達と一緒に下がってて!」
士郎に今のやり取りを見られた事が恥ずかしかったらしく、そう言うと鈴々は槍を担ぎ、直ぐに部隊を引き連れて前線へと上がって行った。
「気をつけろよ! 俺も直ぐに行く!」
遠ざかって行く鈴々の後姿に、士郎は声を掛けた。
「2人とも、怪我は?」
士郎は黄巾党に追われていた、老婆と少女に声を掛けた。
「ああ、わしゃ大丈夫じゃ。 ……あんたさんはわしらを助けに来てくれたのか?」
「ああ、この近くの啄県って街から来たんだ」
「そうじゃったか。 ほんにすまんのぅ」
「いや、助けられて良かった。 先に歩いてきてた人達も、俺の仲間が安全な所へ連れて行ってくれてる。 だから、2人ともそっちの方に向かってくれ」
「分かったわい。 ……さぁ、お嬢ちゃんや。 一緒に行こう」
士郎の言葉に、老婆は安心した様子だった。
「はわ……」
「お嬢ちゃん?」
少女の様子に、老婆は首を傾げる。
「はわっ!? あ、えと、お婆さんは先に行ってください。 私は、あの……」
少女はチラリと士郎の方に視線を送る。
それに士郎は気が付いた。
「ん? 俺に何か用?」
士郎に声を掛けられた事により、少女はびくりとする。
「あ、は、はいっ! その……アナタ様は啄県の県令様ですか!?」
「ああ、そうだけど……」
「やっぱり! 天の御使いの方なんですねっ!?」
士郎の言葉を聞き、少女は嬉しそうな表情になる。
「まあ……。 それが如何したの?」
「はわわっ! あ、あのっ! 姓は諸葛! 名は亮! 字は孔明ですっ!」
少女は慌てて自己紹介をする。
どうやら、軽く混乱している様子だった。
「え? 諸葛亮!?」
士郎はその名にも聞き覚えがあった。
(おい! 三国志でも有名な軍師だぞ! 関羽に張飛、それに諸葛亮となれば……、やっぱり俺が劉備の変わりになってるのか? まあ、劉備が居ないとは決まってないからな……。 それにしても、諸葛亮も女の子とは……これから現れる、有名どころの人物が全員、女の子って事は無いだろうな……)
士郎は、何故かそんの事を考えてしまった。
まあ、その予感は『ほぼ正しい』のだが……。
士郎が思い耽っていると、諸葛亮が急に身を乗り出してきた。
「あの、えっと! 頑張りましゅ!」
「はぁ?」
どうやら慌てすぎて、舌を噛んでしまったらしい。
「はぅ…、噛んじゃった。 んと、が、頑張りましゅから、その……わ、私を仲間に入れてくだひゃい! あぅ、また噛んじゃった……」
「噛んだんだ……。 ほら、慌てず。 とりあえず、深呼吸でもして落ち着こう」
混乱している諸葛亮に、士郎は優しく声を掛ける。
「えっ? あ、はい。 すーはーすーはーすーはーすーはーすーはー」
諸葛亮は恐ろしい速さで呼吸をする。
「いや、それ深呼吸じゃない」
士郎はそれを見て、思わず突っ込んでしまう。
「はうわっ!?」
(はうわっ!? って、なんて驚き方だよ……)
奇妙な驚き方をする諸葛亮に対し、士郎は心の中で一歩下がる。
「ほら、すー……はー……すー……はー……。 一緒に」
「すー……はー……すー……はー……すー……はー……」
士郎に促され、ようやく深呼吸をする事が出来たようだった。
「よし、少しは落ち着いた?」
「あ、はい……」
落ち着いた事により、先程までのやり取りが恥ずかしくなったらしく、諸葛亮は顔を下げてしまう。
「で、質問があるんだけど、良いかな?」
「は、はい!」
士郎に声を掛けられて、諸葛亮は顔を上げる。
「俺達の仲間になりたいってのは、どういう事?」
「それはその……私、水鏡先生って言う、有名な先生が開いている私塾で勉強してて、でもこんな時代で、力の無い人達が悲しい目にあってて、そういうの凄くイヤで……。 だから私、自分の学問を少しでも力の無い人達の為に役立てたいって思って。 その時、幽州に天の御遣いが降臨したって噂を聞いて、それで……」
「それで、ここまで来たって訳か」
「はいっ!」
諸葛亮は首が取れそうな勢いで、コックンと首を縦に振る。
「分かった。 今は時間が無いから、戦いが終わった後で詳しく話を聞くよ。 それで良いかな?」
「よ、宜しいのですかっ!?」
直ぐに、良い返事がもらえるとは思ってなかったらしく、驚いた表情を浮かべる。
「勿論。 じゃあ、君はお婆さんと一緒に後方に下がってくれ。 俺は前線の方に行くから」
「あ……あの!」
前線に行こうとする士郎を、諸葛亮は呼び止める。
「私も行きます! ううん、行かせて下さい! きっとお役に立ちますから!」
諸葛亮は真剣な眼差しで、士郎を見つめる。
「……分かった。 一緒に行こう」
「良いんですか!?」
「ああ、もし何か意見があったら、遠慮なく言ってくれ。 それを参考にさせてもらうからさ」
「はいっ!」
諸葛亮は満面の笑みを浮かべる。
「じゃあ行こう。 皆! 先行している張飛隊に追いつくぞ!」
士郎は残っている兵に号令を掛ける。
「「「「「応っ!」」」」」
【何とか街を復興させる事のできた士郎達。 しかし、それまで退治してきた黄巾党の恨みを買い、窮地に追いやられてしまった! このピンチを切り抜けられるのか!? 次回、新たな武将が現る!】