Fate † 無双

 

第2話

 

 

 

「な! ……どうなってるんだ。 これは……?」

 

「分かりません。 いったい何が?」

 

士郎と愛紗は目の前の酷く荒らされ、あちこちで火の手の上がっている街を目の当たりにして、呆然と立ち尽くす。

 

「とにかく鈴々を探して事情を」

 

「姉者ーーーーーーーーっ!」

 

愛紗が鈴々を探そうとした時、鈴々の方が手を振ってこちらに来た。

 

「ああ、鈴々。 無事だったか」

 

無事な鈴々を見て、愛紗は安堵の表情を浮かべる。

 

「うん♪」

 

鈴々も満面の笑みを浮かべる。

 

「それは良かった……。 ところで……これは一体どういう事だ?」

 

「あのね、鈴々がここに来る少し前に、例の黄巾党達が街を襲ったんだって」

 

「そうか……。 少し遅かったのだな」

 

鈴々の言葉を聞き、肩を落とす愛紗。

 

「うん。 動ける人達は酒家(しゅか)に集まってるのだ」

 

「ならば其処に行って見ましょう。 ……宜しいでしょうか、ご主人様」

 

愛紗は士郎と向き合うと、そう聞いてきた。

 

「ああ、今は少しでも情報が欲しいからな」

 

「はっ。 では酒家に向かい、事の顛末を住人達から聞いてみましょう。 ……鈴々、案内してくれ」 

 

「うん! こっちなのだ」

 

鈴々の先導に従い、士郎達は辛うじて襲撃から免れたらしき酒家へと向かった。

 

 

 

店の中に入ると、傷を負って包帯らしき物を巻いていたり、煤で顔を真っ黒にしている村人達が力なく座り込んでいた。

 

(酷いな……)

 

「これは酷い……」

 

愛紗はその状況を見て立ち尽くす。

 

「皆、大丈夫ー?」

 

「アンタ達は……?」

 

鈴々の言葉を受け、村人のリーダーらしき人物が問う。

 

「我らはこの戦乱を憂い、黄巾党を殲滅せんと立ち上がった者だ」

 

「官軍が俺達を助けに来てくれたのかっ?!」

 

愛紗の言葉を聞き、村人の1人が立ち上がった。

 

「いや。 残念ながら官軍ではない」

 

「なんだ……」

 

失望したように村人は肩を落として座り込んだ。

 

「でも、皆を助けたいってのはホントだよ!」

 

「子供に何が出来るってんだ。 ……大人の俺達でさえ黄巾党には歯が立たなかったのに」

 

村人の声に、諦めが宿る。

 

「言うな。 そもそも数が違いすぎるんだから」

 

「そんなに多かったのか?」

 

愛紗は驚きの表情を作る。

 

「ああ。 4千は下らんだろう。 その人数で押し寄せられれば、こんなちっぽけな街、落とされるしかなかったんだ」

 

「でも、皆は戦ったんでしょ?」

 

「そりゃ戦うさ! 自分の街が、自分の家が襲われてるってのに、ボケッとしてる訳がない! でもな……数の暴力には勝てないんだよ……」

 

「あいつら、やりたい放題やって、帰る時にまた来るとかぬかしやがった……」

 

「どうするんだよっ!? また来たら、次はもっと食料を持って行かれちまうんだぞ! 俺の嫁も、娘も奴らの餌食にされちまうんだぞ!」

 

「分かってるよ、それ位! けどな、俺達に如何しろってんだ! あんな獣みたいな盗賊共と戦って勝てるのかよ!」

 

「それは……」

 

黄巾党の恐怖に怯える村人達。

 

「くそっ……官軍は助けに来てくれないのかよっ!? そもそもこの戦乱も役人達が好き勝手にやってきた結果だろ! どうして俺たちがそれに巻き込まれて、こんな想いをしなくちゃならないんだ!」

 

「今更そんなことを言っても仕方がないだろうっ! 明日には奴ら、また襲って来るかもしれないんだぞ!」

 

「……明日もまた戦いになるのか?」

 

愛紗は村人の1人に尋ねる。

 

「恐らくな。 俺達は奴らに弱い街って目を付けられてしまったんだ。 この街から奪うものが無くなるまで何度でも来るに決まってる」

 

「ならここから逃げ出そう! 街ぐるみで逃げ出すしか助かる方法なんて無い!」

 

「そんな事が出来るかよ! この街は俺達のご先祖様が築き上げた街なんだぞ!? 俺達が守らなくって如何するんだ!」

 

「俺だって街を守りたいさ! けど……けどなぁ! このままじゃ如何にもならないだろう!」

 

延々と言い合いを続ける村人達。

その中で愛紗は物思いに耽っていた。

 

「1つ提案がある」

 

意を決したように愛紗は口を開く。

村人達は一斉に愛紗の方を見る。

 

「……何だよ? 何か助かる方法があるとでも言うのか?」

 

「無い事も無い。 ……いや、ある」

 

「何っ!? どんな方法だよ! 頼む! 教えてくれ!」

 

村人達に希望の光が差す。

 

「もちろんだ。 だが……その前に皆の覚悟を聞いておきたい」

 

「覚悟?」

 

「ああ。 皆、この街を守りたいか?」

 

「当たり前だろう!」

 

「この街は俺の爺ちゃんや婆ちゃんが、汗水垂らして作った街だ。 守りたいに決まってる」

 

「俺だってそうだ!」

 

「分かった。 ならば我らと共に戦おう」

 

村人達の答えを聞き、愛紗は満足そうに頷き、そう言った。

 

「だからっ! 戦うってどうやって戦うんだよ! あんな奴らに勝てるのかよ!?」

 

「勝てる」

 

「うん。 勝てるのだ♪」

 

村人の問いを2人は直ぐに肯定する。

 

「……ちょっと待ってくれ。 何であんた等はそんなにも簡単に勝てるなんて言えるんだ?」

 

自信満々に答える2人に対し、村人は尤も質問をする。

 

「我らには天が付いているからだ」

 

「そうそう♪ んとね、鈴々達には、天の遣いの偉くて凄くて強いお兄ちゃんが居るんだよ♪」

 

「はあ?」

 

鈴々の言葉に村人は疑問を浮かべる。

 

「鈴々は黙っていなさい。 話がややこしくなる」

 

「むーぅ……」

 

愛紗の言葉に鈴々は頬を膨らませる。

 

「この娘が言ったとおり、我らには天の遣いが付いているのだ」

 

愛紗は悠然とした態度で言葉を続ける。

 

「天の遣いって何の事だよ? 神様が俺達を助けてくれるとでも言うのか?」

 

「そうだ。 ……まだこの街には届いていないのか? あの噂が」

 

さも驚いたよう愛紗は言う。

 

「噂? 何の噂だよ?」

 

「天の御遣いの噂だ。 洛陽(らくよう)辺りでは既にこの話題で持ちきりだぞ? この乱世を鎮めるために、天より遣わされた英雄の話で」

 

「都で? ……本当なのか? その話」

 

「ああ、本当だ」

 

自信に満ちた表情で愛紗は応える。

 

『なあ、鈴々。 今の話、本当か?』

 

士郎は隣に居る鈴々に小声で話しかける。

 

『ううん、ウソだよ。 お兄ちゃんの事を知ってるのって愛紗と鈴々だけだもん』

 

(……情報網の発達してないこの時代なら、確かに都である洛陽の噂話って事なら『真実』として受け止める事もあっただろうし……)

 

愛紗の立てた計略を直ぐに理解する士郎。

いつの時代でも、人々は大勢の意見に流される事が多々ある。

今回はそれを利用し、村人からの信頼を得ようとするのだろう。

 

「この方がそうだ」

 

そう言って愛紗は士郎の方に近づいて来る。

 

「この乱世を鎮める為、天より遣わされた方。 この方が我らに付いて下さる限り、黄巾党如き匪賊に負けはしない」

 

「この兄ちゃんが?」

 

村人の1人が胡散臭そうに士郎を見る。

 

「信じられねぇな! こんな兄ちゃんが天から遣わされた? 戦乱を鎮める? それがホントなら何か証拠を見せてみろよ!」

 

「な!」

 

愛紗が男に食って掛かろうとするのを士郎は制止する。

 

「待て。 確かにこんな姿じゃそう思われても不思議じゃない。 だから俺の力を見せてやる」

 

『如何するのです?』

 

愛紗は小声で士郎に聞いてくる。

 

『まあ、見てな』

 

愛紗にそう言うと士郎は士郎は右手を高々に上げる。

 

投影開始(トレース・オン)

 

「さあ、現れろ」

 

すると、士郎の右手に1振りの剣が出現する。

剣の銘は『デュランダル』、かのパラディン、ローランの愛用した聖剣でる。

 

「「「「「おおお!」」」」」

 

村人達は士郎の右手に突如現れた華美に鍛えられた剣に驚きの声を上げる。

愛紗も驚いたが、それを表には出さず、言葉を続ける。

 

「見たか! 天の御遣いの技を! この方はさらに孫子の兵法を知り尽くし、無手で黄巾党の輩を追い払う武技の持ち主なのだ! そして、私は見たのだ! この方が天より降り立った瞬間を!」

 

「おお……!」

 

「すげえ……!」

 

「俺達……俺達は助かるかもしれない!」

 

「助かる! 助かるぞ、絶対!」

 

村人達が盛り上がる。

そこに、愛紗が更なる一言を加える。

 

「そうだ! だから皆、今こそ立ち上がろう! 自分達の街は自分達で守るんだ!」

 

「応っ!」

 

「やってやる! やってやるぜ! 俺、街に出て男達を集めてくるぜ!」

 

「俺は武器になりそうな物を集めてくらぁ!」

 

「頼んだぞ! 俺は食料を集めてくるぜ!」

 

興奮した口ぶりで、男達は酒家の中から飛び出していった。

 

 

 

「スゴイのだ! お兄ちゃん! さっきのどうやったのだ?」

 

鈴々が士郎の投影を見て、はしゃいでいる。

 

「アレは俺の世界の技だよ」

 

「そうなの? だったら、鈴々も使えるようになる?」

 

「ああ……それは多分無理だ、鈴々。 さっき見せたのも含めて、俺の使う技は特殊な部類に入って、俺以外には使えないと思うぞ」

 

多少のウソを混ぜて答える士郎。

 

「そうなのか……」

 

士郎の答えを聞き、肩を落とす鈴々。

 

「あれーぇ? 如何したのだ、姉者?」

 

なにやら落ち込んでいるように見える愛紗に、鈴々が声をかける。

 

「鈴々……。 私は今、猛烈に自己嫌悪に陥っている。 はぁ……」

 

どうやら、結果的に村人達を騙す事になった事に、愛紗は溜息を吐いている様だ。

 

「愛紗……。 落ち込むな。 黄巾党から村人を守るんだろう」

 

「それはそうですが……」

 

「なら、落ち込んだり後悔したりするのが早い。 今は村人達の力を借りて、どうやって街を守るのか考えるのが先だ」

 

周囲の影響か、随分と逞しい士郎。

 

「そうなのだ! 愛紗がそんな風だと、村の人達が頑張れないのだ!」

 

「ふっ……そうだな。 ふぅ〜」

 

愛紗は一息吐き、肩から力を抜く。

 

「……よし。 私達も村の人々に協力を要請しよう。 ……鈴々は身軽そうな人達を何人か指揮し、黄巾党の居場所を探ってくれ」

 

「りょーかいなのだ!」

 

「愛紗、俺は如何する?」

 

「ご主人様は私の傍に居て下さると助かります」

 

「分かった。 ……鈴々、気をつけてな」

 

「にゃは! うん♪」

 

鈴々は士郎が声をかけると、一度振り向き、満面の笑みを浮かべて街の中心へ駆け出した。

 

「では、ご主人様」

 

「ああ。 行こう」

 

 

 

大通りに出ると、既に何人かの男達が武器を持って整列していた。

 

「あの男が天の御遣い?」

 

「そうじゃろう。 それにしても何と神々しい服を着ていらっしゃるのじゃ。 日の光で輝いて見えるとは……」

 

老人が士郎の着ている服を見て、そんな事を言う。

まあ、この時代に士郎の着ているコートのような光沢を放つ生地が無いのだから当然だろう。

 

「すげぇーな……」

 

(……ああ、緊張する……)

 

「ご主人様。 もっと背筋を伸ばして。 威厳を持って村人達に笑顔を」

 

「そうだよな……」

 

(ヤバイな……瑠璃さんに九郎兄と一緒にあちこちのパーティーに連れまわされて慣れてたはずなんだけど……)

 

主役とその他では受けるプレッシャーが全く違う事を理解する士郎。

それと同時に、脚光を浴びていた瑠璃のエスコート役を任されていた九郎を改めて尊敬し直した。

そんな事を思っているのを表には出さず、士郎は愛紗に言われた様に、精一杯に威厳の在る様な顔をして見る。

 

「おお……」

 

「立派な顔立ちをした、お方じゃ……。 ありがたや、ありがたや……」

 

途端に整列していた村人達から、どよめきにも似た声が上がる。

 

「………」

 

(負ける訳にはいかないな……)

 

「お兄ちゃーーーーーん!!」

 

士郎が改めてそう決意すると、偵察に出ていた鈴々が戻ってきた。

 

「黄巾党の奴らを見つけたよ! この街を西に1里ほど行った荒野に陣を張ってた!」

 

「人数は?」

 

鈴々の報告を聞き、愛紗が尋ねる。

 

「村の人が言ってた通り、4千位かな? 皆、貧乏っちい武器を持っているよ」

 

「そうか……。 村の衆よ! 聞いた通りだ! 敵は数は多いが、所詮は烏合の衆! 天が味方についている我らの敵ではない! 今こそ勇気を出し、その手で平和を取り戻すのだ!」

 

愛紗の演説に村人達は立ち上がる。

 

「……では、ご主人様。 出陣の言葉を」

 

「えっ? 俺が?」

 

「ええ、ご主人様が声を掛けて下されば、皆が奮い立ちましょう」

 

愛紗の言葉に、村人達の視線が士郎に集まる。

 

(……………)

 

少し考えた後、士郎は口を開いた。

 

「皆、戦いは怖いものだと思う。 実際に俺も恐怖は在る。 でも、自分の大切な人の為、自分の譲れない想いの為、そう言った事の為に俺達は戦うんだ。 その想いは恐怖を上回ってくれると、俺はそう信じてる」 

 

士郎は一度、言葉を区切る。

 

だから! この戦い! 絶対に勝とう! そして、生きて帰ってきてこの街を復興させるんだ!

 

士郎が喋り終えた瞬間。

 

「「「「「――――――――――!!」」」」」

 

村人達が雄叫びを上げて、街を震えさせた。

 

 

 

「ふぅ………」

 

演説を終えた士郎は軽い脱力感に襲われる。

しかし、体の奥底の熱い衝動が士郎の血を熱く滾らせる。

 

「ご苦労様です。 ご主人様」

 

「愛紗……ありがと」

 

愛紗が差し出した水を士郎は受け取ると、それを一気に飲み干す。

 

「ご主人様。 これから鈴々の部隊を先行させます。 接触すれば、後は戦です」

 

「鈴々の槍が火を噴くのだ!」

 

鈴々はそう言うと、小柄な体躯とはいえ、自分の3倍ほどの長さを持つ大槍を肩に担ぐ。

 

「そして、私の青竜刀が悪を粉砕するでしょう。 ご主人様は我らの活躍を、後方にてゆるりと御覧あれ」

 

愛紗は自分の愛刀である、青竜偃月刀を取り出す。

 

「いや、俺も前線に出る」

 

「な! それは、あまりにも危険です」

 

士郎を諌めようとする愛紗。

 

「危険は承知の上だ。 名目上とは言え、天の御遣いって事になっている俺が倒れたら終わりだってのも理解している。 だけど、俺は村人達をこの戦いに駆り出した。 その俺が自分だけ安全な後方に居る事は出来ない。 直接、戦う事は出来ないかもしれないが、せめて皆と一緒に前線に居させてくれ……」

 

士郎は愛紗の瞳を真っ直ぐに見据える。

 

「……素晴らしい」

 

「え?」

 

てっきり愛紗が反論してくると思っていた士郎は肩透かしを喰らったようだ。

 

「やはり、貴方を主と仰いで正解でした」

 

「……どういう事?」

 

「その言葉こそが英雄の証。 その行動にこそ人は付いて来る。 ですが、その言葉をさらりと言える人間はそう居ないのです。 その言葉を言える貴方様は、私の想像していた天の御遣いそのもの」

 

愛紗がウットリとした表情になる。

 

「いや、そんなに大げさなものじゃないぞ」

 

「もう、どっちでもいいのだ。 今は鈴々と愛紗、それにお兄ちゃんが、村の人達を困らせてる黄巾党の奴らをやっつけるのが大切なのだ!」

 

鈴々はそう言うと、士郎と愛紗の手を握る。

 

「ほら、お兄ちゃん、愛紗。 行こう!」

 

「ふっ、そうだな。 では、村の衆よ! これより出陣する!」

 

「「「「「応っ!!」」」」」

 

愛紗の宣言に応え、村人達が雄叫びを上げる。

 

「………」

 

その光景に士郎は拳を握り締める。

 

 

 

街を出た士郎達は鈴々の先導の元、黄巾党の軍勢が陣を張っているという丘の近くまでやって来た。

 

「常に2人1組になって敵兵に当たれば、100戦して100勝しよう! 後は私の指揮に従っていれば、必ずや天は我らに微笑むだろう!」

 

行軍する村人達を、愛紗は絶えず鼓舞する。

 

「「「応っ!」」」

 

「天運は我らにあり! 怯むな! 勇気を奮え! 妻を、子を、友を……そして、仲間を守る為に!」

 

「「「応っ!」」」

 

村人達は、愛紗の戦訓を絶えず口にし、テンションを上げていく。

自分達が生き残る為に……。

 

(これが、戦争か………)

 

士郎は戦闘をした事はあるが、戦争をした経験は無い。

初めて目にするその光景に、緊張が襲う。

 

(黄巾党か……)

 

元々、黄巾党という組織は、後漢王朝の圧政に苦しんだ民衆達が、とある宗教が広まった事を切欠に、武装発起を起こした事から始まる。

ぬるま湯に浸かりきっていた、当時の官軍では暴走する民衆達を抑える事ができず、次々に敗退していった。

その事が、さらに民衆達を駆り立てて、黄巾党の規模は爆発的に膨れ上がっていった。

膨れ上がりすぎた黄巾党が、自らを維持する事は容易な事ではない。

その結果、黄巾党は村や街から略奪を繰り返していく事になる。

 

(俺の知ってる、三国志の歴史に当てはまるならな……)

 

士郎がそんな事を考えていた時、鈴々から声が掛かる。

 

「居たよ! お兄ちゃん、愛紗! 準備して!」

 

鋭さを含んだ声に、村人達に緊張が走る。

 

「皆、陣形を整えよ! 若者は剣を抜け! 老人は弓を構えよ! これより敵陣に向けて突撃する!」

 

愛紗が高らかと宣言する。

 

「鈴々に続くのだーーーーーっ!」

 

「「「「「応ーーーーーっ!!」」」」」

 

鈴々達が黄巾党の陣に向かい突撃する。

まさか、村人達が反撃に来るとは思っていなかった黄巾党の軍勢は、行き成りの事態に戸惑い、不意を討たれた。

戦いの様子は、圧倒的な武力を誇る、愛紗と鈴々の2人により黄巾党にいる将は次々に討ち取られていく。

そして、愛紗の言う通りに村人達は2人1組で敵兵に当たる。

1人が積極的に相手の体勢を崩し、そこをもう1人が確実に致命傷を与える。

なぶり殺しにも似た戦法だが、確実に戦果を上げていった。

そうする事により、劣勢の筈の人数も徐々に上回っていった。

 

「あと一押しで敵は崩れるぞ! 皆、力を振り絞れ! 勝利は目の前だ!」

 

「皆! 頑張れ! もう、ちょっとなのだ!」

 

愛紗と鈴々の言葉を聞き、村人達は今にも崩れかける敵陣に突撃する。

 

「今なのだーーーーーっ! 全員、突撃ーーーーーーーっ!」

 

鈴々は敵陣の崩れを見落とさず、ここぞとばかりに敵陣に突撃していく。

 

「うりゃりゃりゃりゃーーーーーっ!」

 

自分の身長よりも何倍もある槍を振り回し、黄巾党の兵士達を吹き飛ばしていく。

 

「うっ………」

 

目の前で人が死んで逝く様子が脳裏に焼きつく士郎。

 

「ご主人様。 もう、勝負は決しましょう。 ご主人様は後方にお下がり下さい」

 

愛紗が優しい声で言う。

 

「ダメだ……それは出来ない。 この光景は俺の責任だ……。 見るだけで償いになるとは言わない。 だが、この光景を覚えている事は、俺がしなくちゃいけない事だ」

 

戦闘と戦争。

自分の傷と他人の傷。

その違いを、その胸の奥に刻み込む士郎。

 

「ご主人様が居らっしゃった天界では、戦いは無かったのですか?」

 

「……少なくとも、俺の周囲には戦闘はあったが、戦争は無かった。 戦いに身を投じた事はある。 でも、他人に戦わせた事は無い」

 

士郎はこれまで戦った事のある怪異や魔術師達の事を思い出す。

だが、普通の人間と人間の殺し合いを経験するのは、これが始めての士郎だった。

 

「そうですか……」

 

「覚悟はしていたさ……だから逃げる訳にはいかない。 後悔をしない為に……」

 

士郎の瞳は真っ直ぐ戦場を見ている。

そして、その先に在るものも……。

 

「ご主人さま……」

 

その時、伝令の1人が愛紗の元にやって来た。

 

「どうした!?」

 

「黄巾党の奴らが逃げ出しやがった!」

 

その言葉を聞き、直ぐにその方向に視線を向ける。

 

「そうか! ならば、時は今だ! 直ぐに追撃をかけるぞ! 皆、疲れているだろうが、あと一踏ん張りだ! 我に続け!」

 

高らかに得物を上げ、愛紗は駆け出す。

村人達はその後に続く。

村人達は黄巾党を圧倒し、残った軍勢を殲滅した。

 

 

 

その後、黄巾党の軍勢を完全に駆逐した村人達は、意気揚々と街に凱旋した。

残っていた街の人々は、凱旋して来た者達を笑顔で迎え入れる。

その笑顔の傍らで、涙を流す者達も居る。

戦死した者の知り合いだろう。

その光景を見て、士郎は胸が締め付けられる。

 

(他に手段が無かったとしても、俺の招いた事だ……)

 

「お兄ちゃん、如何かした?」

 

士郎の落ち込んでいる様子を見て、鈴々は心配そうに声を掛ける。

 

「……街の人達の様子を見てた。 ……鈴々、大丈夫だったか?」

 

未だ子供の鈴々に戦場が与える影響を士郎は心配した。

 

「うん! 平気なのだ!」

 

「平気? アレだけ人が死んだのに?」

 

士郎の言葉に、少し考え込む鈴々。

 

「……平気じゃないけど、平気なのだ!」

 

「?」

 

鈴々の言葉に疑問を浮かべる士郎。

 

「何もして無い人を殺すのは平気じゃない……でも、鈴々は弱い人達を踏み躙る悪い奴らから、……皆を守りたいって、そう思ったから、愛紗も鈴々も戦うって決めたのだ! だから、平気じゃないけど、平気なのだ!」

 

「そっか……」

 

(そうだな……悩んでも良いんだったな)

 

『士郎、人が悩みを持つ事は当たり前の事じゃ。 だが、それを引きずり後悔をせぬようにな。 後悔をして良かった事など1度も無い。 姉からの忠告じゃ』

 

アルの言葉を思い出し、士郎は笑みを浮かべる。

 

「元気でた?」

 

「ああ、ありがとな。 鈴々」

 

今だ、迷いや戸惑いはある。

しかし、士郎達は今を生きている。

先へ進む事が出来る。

 

(そうだ。 今やれる事を、やっていこう!)

 

「ご主人様」

 

なにやら愛紗が戸惑いながら士郎に声を掛ける。

 

「如何かしたのか、愛紗?」

 

「はい……それが……」

 

困惑顔の愛紗の後ろには、大勢の村人達が居た。

 

「にゃ? 皆揃って如何したのだ?」

 

「俺たちさ、決めたんだ」

 

村人の1人が士郎に向かって言う。

 

「決めた?」

 

「ああ! アンタ様に、この街の県令になって欲しいんだ!」

 

県令とは、実質の街の支配者で、本来は朝廷に任命された者が租税を集めたり、反乱に備えて軍備を整えたりしている。

 

「……俺を県令に?」

 

「ああ、前の県令は黄巾党に襲われたどさくさに紛れて逃げてしまったんだ。 俺達を見捨ててな」

 

「むーっ! ヒドイ奴なのだ!」

 

村人の話を聞き、鈴々は頬を膨らませる。

 

「そうだろう? だから俺達はもう朝廷なんか信じない。 この街は俺達の手で守るんだ!」

 

「だけど俺達だけで街を治めるなんて、多分出来ないと思うからさ……」

 

そう言って、士郎に村人の視線が集中する。

 

「天の御遣い様に、この街を治めてもらいたいんだ」

 

「ああ! アンタ様なら俺達は何処までも付いていくさ!」

 

「そうだ、そうだ! 付いていくぞ!」

 

「………」

 

士郎はチラリと愛紗に視線を向ける。

視線に気がついた愛紗はコクリと頷く。

 

「……俺で良いのか?」

 

「あんたでなきゃダメなんだ! アンタ様と関羽嬢ちゃんに張飛嬢ちゃんじゃなきゃ!」

 

「そうだよ! 一緒に戦ったアンタ様だからこそ、俺達はこの街を任せたいって思ったんだ!」

 

「頼む! 俺達を導いてくれ!」

 

村人達の真剣な視線が士郎を動かす。

 

「………分かった。 何処までやれるかは分からないが、県令をやらせてもらうよ」

 

「おおっ! ありがとう! 本当にありがとう!」

 

「頑張って街の復興をしようぜ! そんでもって大陸一の街にするんだ!」

 

「そうだ! 誰もが安心して暮らせる街にするんだ!」

 

士郎を取り囲み、村人達は歓声を上げる。

 

(……どうして、この世界に来たのか分からないけど、この笑顔の為に頑張っていこう!)

 

こうして、士郎の異世界での物語が幕を上げた。

 

 

 

 

 

【村人達の声に答え、県令になった士郎。 初めて経験する人と人との殺し合いを何とか乗り越える。 愛紗と鈴々を従え、街の復興に乗り出す。 しかし、その道程は険しい。 次回、街の復興にもう1人の美少女! お楽しみに……】

 


<< BACK   NEXT >>


戻る