Fate † 無双
第1話
日の光が目蓋を射し、士郎は意識を浮上させる。
「朝……だ……」
辺り一面に青い空に白い雲が広がっている。
「今日もいい天気だ……って!」
士郎は起き上がると辺りを見回す。
そこには、明らかにアーカムではない風景が広がっていた。
「はぁ……?」
広い荒野に、遠くに見える山々は中国の水墨画でお馴染みの物だった。
士郎はこんな事になっているだろう心当たりを探す。
(1.あのキチガ○の発明品の所為……
2.エンネア達のイタズラ……
3.この前の仕事で遭遇したあの女の仕業……
4.あの鏡の所為……
こんな現象を起こせる心当たりなら幾つでもあるけど、やっぱり今回は4か……)
「さて、如何するかな……」
現在位置を判明させて、九郎達と連絡を取ろうとする士郎。
(今持ってるのは、っと)
士郎は自分の所持品とカバンの中身を確認する。
(九郎兄から貰ったネクロノミコン『英訳版』に、あのキチ○イの発明品が数個。 それにノート数冊に筆記具。 携帯に財布、半分ほどお茶が入ってる魔法瓶1つに、アメ玉などのお菓子が幾つかあるか……)
携帯を開いてみたが圏外で使い物にならない。
財布の中身もアメリカ$なので、ここらで使用できる訳が無い。
近くの村か町までどれ位か分からない為、水や食料代わりになるお茶やアメ玉は大事にしなければならない。
「はぁーーーーー」
士郎は深く溜息を吐き、自分に降りかかった災難に嘆く。
すると士郎の目の前に奇妙な3人組が現れた。
「おい、お前。 身包みを置いてって貰おうか」
3人組のリーダーであると思われる長身の男が士郎にそう言い放つ。
どうやら、目の前の3人組は盗賊のようだ。
「…………」
士郎は天を仰ぐ。
(ジーザス………俺が何か悪いことしましたか? やっぱり神様なんて邪神しか居ないのかよ!)
「おい、おめえ! アニキが身包みを置いてけって言ってんだ。 おとなしく置いてけよ」
背の低い男が急かすように言う。
「ぬ、脱げよ。 お前」
太った男もどこか遠慮しながらも、身包みを置いていくように言う。
「断る」
「なんだとぉーっ!」
甲高い声で背の低い男が迫り来る。
「チビ。 まあ待てや」
アニキと呼ばれた男が、それを制した。
「おい坊主、あんまイキがんな。 まだ死にたくないだろ?」
そう言って男は腰に差してあった、剣を引き抜く。
「コイツで喉をブッ刺してやろうか? それともバッサリと腕を切り落としてやろうか?」
男は引き抜いた剣を士郎の目の前に持ってくる。
しかし、士郎はその程度では揺るぎもしない。
「刃物を出してくるって事は、やられる覚悟はある訳だな?」
「ハア? 何言ってんだ坊主?」
男は少し首を傾げた。
その瞬間、士郎は男の懐に一気に潜り込んだ。
その速さに、3人組が驚く。
「「「なぁ!」」」
士郎の前ではそれは致命的な隙だった。
士郎の右フックがリーダー格の男の腹に突き刺さる。
「ぐうぇーーーっ!」
「「ア、アニキーッ!」」
次に、左の回し蹴りがチビを蹴り飛ばす。
「ぎゃぁーーーっ!」
最後に残った男に士郎の左アッパーが炸裂する。
男の脳は派手に揺れ、意識を朦朧とさせる。
「ぐっふ!」
「まあ、こんなもんか……」
士郎は手を払いながら、動けなくなった3人組を見る。
「「「……………」」」
「お見事です!」
士郎が声のした方に振り向くと、其処には1人の美少女が居た。
凛としていながらも優しさを感じさせ、吸い込まれそうな黒く艶やかな瞳に、その瞳と同じくきらめきを放つ漆黒の絹髪。
「加勢をしようと思ったのですが、その必要は無かったようですね。 ともかく、お怪我が無い様で何よりです」
少女は安心したように、穏やかな微笑を浮かべる。
「君は……?」
(只者じゃないな……)
その雰囲気から目の前の少女の力量を推測する。
士郎は目の前の少女に問い掛ける。
「これは失礼。 申し遅れましたね。 ……姓は関、名は羽。 字は雲長。 貴方様をお迎えにあがる為、幽州より参りました」
士郎は少女の言い放った言葉に意識を奪われる。
「…………………………へぇ?」
士郎の態度に少女は困惑する。
「どうかなされましたか?」
「いや……、名前をもう一度言ってくれないか? 風の所為でよく聞き取れなかったんだ」
自分に聞こえた言葉が信じられず、士郎はもう1度聞き直す事にした。
「なるほど。 ならばもう一度名乗りましょう。 我が名は関羽。 字は雲長。 貴方様をお迎えに」
「ちょっと待った! 君の名前が関羽? で合ってる?」
「あ……はい、そうですが……」
(タイムスリップ? いや、俺が関羽の武具から読み取った情報からでは確かに男の筈だし……。 平行世界? ……これが一番可能性が高いか……)
「あの〜、どうかしましたか?」
関羽は急に黙り込んだ士郎に声をかける。
「いや、ここがドコだか考えていて……」
「ああ! ここは幽州啄郡。 ここより西に少し進んだ所に村があります」
(………なんでこんな事に………)
「あの……」
関羽が恐る恐る士郎に質問する。
「何?」
「貴方様のお名前をお聞かせ願えますか?」
「あ、ごめん。 相手に名前を聞いていて、此方が名乗らないのは失礼だよな。 俺は衛宮士郎、色々と教えてくれてありがとうな」
「いえ、礼には及びません。 天の御遣いである貴方をお守りするのが、我が使命ですから」
「……てんのみつかい? 何?」
「先日、この戦乱を治める為に天より遣わされた方が落ちてくると、管輅と言う占い師が言ってたのです」
(はぁ……占い師……)
「その場所はまさにここ! そして私は貴方に出会った……。 貴方以外に誰が天の御遣いだと言うのですか」
(………。 そうですか………?)
「それ以外にも、その明らかに我々のとは違う服を着ている等……、貴方が天の御遣いである事を雄弁に物語っている。 ……そうでありましょう?」
「あの……」
「姉者ーーーーーーーーっ!」
士郎が何か言いかけた瞬間、西の方角から1人の少女が大声を叫びながら士郎達の居る所へやって来た。
「おお。 鈴々か。 やっと追いついたな」
少女は頬を膨らませながら関羽を見る。
「ひどいのだーっ! 鈴々を置いて行くなんてー!」
「何を言っている。 お主が子犬と戯れているから悪いのではないか」
「むーっ、それはそうだけど……。 ところで、このお兄ちゃん誰ー?」
少女は士郎の方を見ながら首を傾げる。
「こら。 失礼な言い方をするな。 この方こそ、私達の探し求めていた天の御遣いなのだそ」
「え?」
「へーっ! お兄ちゃんが天の遣いの人なんだ?」
「いや、俺は」
士郎の言葉は、またも遮られた。
「じゃあ、自己紹介なのだ!」
(……俺の話なんか聞いてくれねえ〜〜〜)
少女はそんな士郎の心の内を知らず、自分の自己紹介をする。
「凛々はねー、姓は張、名は飛! 字は翼徳! 真名は鈴々なのだ!」
「……張飛? ホントに?」
士郎は聞き間違いを今度こそ期待して、少女に聞き返す。
「そうなのだ♪」
少女は無邪気に笑いながらそう答える。
その答えに、士郎は現在の状況について思案する。
(関羽に、張飛……。 とくればここは三国志の時代なんだろうけど、俺の居た世界の時間軸には存在しない世界……。 はぁ〜〜〜、九郎兄達じゃあるまいし、俺が第2魔法の体現者になるなんて……。 やっぱり、こんな出来事に遭遇するようになったのは、あの人達に弟子入りしたからか……。 はぁ〜〜〜)
心の中で溜息を吐きまくる士郎。
九郎達に弟子入りしてからと言うもの、非日常が日常となった士郎。
かなり九郎達に毒されてきた士郎だが、メンバーの中で常識と言ったものを唯一完全に理解しているだけに、その苦労は計り知れない。
早くその常識を切り捨てる事が、士郎の為だと気が付いてくれーーー!
まあ、捨てたら捨てたで、周囲の被害が莫迦にならなくなるが……。
(まあ、暫らくすれば九郎兄達も異常に気が付いて探してくれるだろう。 俺はこんな事になった原因を暫らく調べてみるか)
「よし! やるか!」
「おおっ。 引き受けてくださいますか!」
「ありがとう、お兄ちゃん♪」
「………へぇ?」
思いに耽っていた為、訳が分からない士郎。
「我らが主となり、戦乱渦巻くこの乱世を治める為に、戦って下さるのですね!」
「そうなのだ♪ お兄ちゃんは鈴々達のご主人様になって弱い人達を助けるのだ!」
「そうです。 ご主人様! 3人で乱世に立ち向かい、弱き庶人達の為に戦いましょう!」
「よーし! ワクワクしてきたぞーっ! それじゃあ早速、近くの黄巾党を退治しちゃおうよ!」
「そうだな。 県境の谷に潜んでいるという話だし、近くの村で義勇兵を募って一軍を形成しよう」
「サンセーなのだ! じゃあすぐに行こう、早く行こう、走って行こう!」
「分かった。 ならば鈴々は先行し、村人達を集めておいてくれ。 私はご主人様と共に行く」
「合点だー! じゃあ、お兄ちゃん。 また後でね」
そう言うとそれまで口を挟む暇が全く無かった会話を切り上げ、張飛(鈴々?)は物凄い速さで走り去っていった。
「さあ、ご主人様。 我らも早く向かいましょう」
そう言って、関羽は士郎に満面の笑みを浮かべながら手を差し伸べてくる。
「ちょっと待ってくれ!」
ようやく言葉を喋る事が出来た士郎。
「俺はまだ現状を把握してないんだ。 君達だけで話を進められても分からない」
「はぁ? 貴方様は天から降りて来られたばかりで、この世の事を分かっていない、そう言う事なのでしょうか?」
「いや、俺がこの場所に居るのは事故の様なものだ。 自分の意思でここに来たんじゃない」
士郎の言葉に関羽は恐る恐る聞き返す。
「あの……では、貴方様は天の御使いでは無いのでしょうか?」
「ああ、多分ね。 まだまだ未熟者の学生だし……」
突っ込みを入れたいが、半ば事実を言う士郎。
「そう……ですか……」
士郎の言葉を聞き、関羽はなにやら落ち込みを見せる。
「……如何した?」
「私は戦乱に苦しむ庶人を助けたいが為に、鈴々と共に郷里を離れ、仰ぐべき主君……ひいてはこの乱世を鎮める力を持った方を探していました。 ですがその間に戦火は拡大し、戦う力の無い人達が次々に死んでいったのです。 悔しかった。 悲しかった……」
関羽は一度俯くが、すぐに顔を上げる。
「そんな中、管輅と出会い、そのお告げを聞き―――――私はようやく人々を助ける事が出来ると、そう思ったのです。 ですが……貴方様が天の御遣いで無いとするならば、私はこれから如何すれば良いのだろう……。 この乱世は如何なっていくのだろう。 力の無い人々は如何なるのだろう、と。 そう思うと、私は………」
少女の瞳は涙で濡れ、肩を震わせる。
しかし、すぐに涙を拭くと士郎に真っ直ぐに向き合う。
「……失礼しました。 貴方様にこんな事を言っても仕方がありませんね。 ……私はこれで失礼します」
関羽は士郎に頭を下げ、辛い表情ながらも何とか笑顔を浮かべながら、その場を去ろうとする。
士郎は何か決心したかの様に関羽に言葉をかける。
「……ちょっと待ってくれ」
「なんでしょう?」
関羽は足を止める。
「天の御遣いって言うのは、大義名分になるんだよな?」
「それは勿論です。 戦乱に苦しむ庶人達は皆、自分達を救ってくれる英雄を求めている。 天より地に降り立った英雄を、諸手を上げて歓迎してくれるでしょう」
「義勇兵も多く集まる筈だよな……」
「ええ」
頷く関羽。
「……分かった。 俺は自分の事を天の御遣いだとは思っていないけど、俺に出来る事があるなら協力する。 その方が義勇兵の集まりも良いだろう」
「それはそうですが……。 しかし、貴方様は天の御使いでは無いのでしょう?」
なぜ、士郎がそんな事を言うのか分からない関羽。
「多分ね。 でも、見て見ぬ振りはできないしな」
「ですが!」
「それに、辛そうな顔をしている女の子をそのままにしておくのは、どうにも後味が悪いしさ……」
そう言いながら、士郎は苦笑する。
「な! お、女の子などと! 私は決してその様なものではありません! バカにしないで頂きたい!」
士郎の言葉に、慌てふためく関羽。
「侮辱してる気は全く無いよ。 でもさ、関羽が可愛い女の子なのは誰の目から見ても明らかじゃん」
関羽が反論しようとするのを制止し、士郎は言葉を続ける。
「とにかく。 天の御使いの件については、俺が判断する事じゃない。 その判断をするのは関羽や張飛、大きく言えば世間がすべきだ。 今は方便でも良いから、俺を天の御使いに祭り上げれば良い。 そして、俺が天の御使いに相応しくないと思ったら、その時は直ぐに切り捨ててくれ」
「しかし、……貴方様は、それで本当に宜しいのですか?」
「いいさ。 これは俺の我が侭。 その我が侭で人を救えるならそれでも構わない。 俺は救える人が居るのに、救えないのは我慢が出来ない性質なんだよ」
士郎はそう言って、関羽に微笑みかける。
(どんな状況に陥ろうとも、前に進む事を諦めない。 あの人の背中を追い越す為に!)
「……如何だろう? 認めてくれるかな?」
「……勿論」
「そっか。 これから、よろしくな」
士郎は関羽に手を差し出す。
「あの……えーっと……」
困惑を浮かべる関羽。
「握手だよ、握手。 これからよろしくっていう」
「……いえ。 それは出来ません」
「……えっ?」
「今までの貴方様の言葉を聞き、私の中ではやはり貴方様が天の御遣いだと、その思いが確信となっています。 ですから」
関羽はそう言いながら、深々と頭を下げた。
「我が主よ。 天の御使いよ。 我らと共に戦乱の世を鎮めましょう!」
「あ、主って……」
「ええ。 私は貴方様こそ自分の主人に相応しい方だと認めました。 そしてそれは鈴々……張飛も同じでしょう。 ですから今後、我らの事は真名で呼び、家臣として扱ってください」
「か、家臣!?」
突然の事に、驚く士郎。
「そうです。 我が名は関羽。 字は雲長。 真名は愛紗。 ……これからは愛紗とお呼び下さい。 私は貴方様をご主人様と、お呼びします」
行き成りの発言に、士郎の脳が麻痺する。
(ご主人様! 何でだぁ! ご主人様! 何でだぁ! ご主人様! 何でだぁ! ご主人様! 何でだぁ! ご主人様! 何でだぁ! )
「ではご主人様。 これより鈴々の所に向かい、黄巾党を追い払いましょう。 そしてここより、我らの戦いが始まるのです!」
「ちょ、ちょっと待て、俺の話を」
士郎の発言が全く耳に入らない愛紗。
「さぁ、行きましょう! そして戦うのです! 民達の為に!」
「聞いてくれぇ〜〜〜〜〜っ!」
【突如見知らぬ世界に飛ばされた士郎。 其処であったのはお莫迦な盗賊に2人の英雄。 流されるままに美少女のご主人様になった士郎! フザケルナ!(雷撃を喰らわしてやりたい!) 次回は黄巾党と戦う為に義勇兵を集めようとする場面から。 士郎にカリスマはあるのか! 乞うご期待……】