Fate and Zero

 

第28話 「指輪…」

 

 

 

トリステインに戻る最中、シルフィードの背中は重い雰囲気に包まれていた。

 

「ねえ、シロウ。 さっきの女、何者なの?」

 

その重い空気の中、搾り出すようにルイズが士郎に声を掛けた。

 

「『アイツ』か………。 聞いてたと思うが、アイツの名前はアイナ。 俺が居た世界の奴だ」

 

「ダーリンの? いったい如何やってこっちに来たの?」

 

キュルケが疑問に思う。

 

「さあな? アイツのする事だ、その程度の事じゃ驚かないよ」

 

「そんな事よりも、あの女とシロウはどんな関係なのよ」

 

ルイズは力のこもった声で、士郎に問いただす。

 

「どんな関係って……」

 

士郎は暫らく考え込むと、口を開いた。

 

「俺の宿敵って奴かな……。 まあ、アイツ自身が色々とややこしくて、適切な言葉が見つけにくいんだよ。 だから、それで納得してくれ」

 

士郎の言葉に込められた意思が、ルイズ達3人にこれ以上の追求を断念させる。

 

「……分かったわ」

「……そう」

「………」

 

「ありがとな。 ……ふぁ〜〜〜」

 

気が抜けたのか、士郎は大きなアクビをする。

 

「悪い。 ……暫らく寝かしてもらうわ」

 

そう言うと、直ぐに士郎は横になり、寝息を立て始めた。

どうやら、アイナとの戦闘で相当に疲れていたようだ。

 

「あら、寝ちゃった」

 

キュルケの言葉に、コクンとタバサが頷く。

 

「はぁ〜〜〜」

 

「あら、ルイズ。 如何したの?」

 

何か落ち込んだ様子のルイズに、キュルケが声を掛ける。

 

「……私、シロウの事、全然知らないんだなって思って……」

 

「そうね……」

 

士郎が別の世界の魔法使いらしき存在だと言うのは聞いていたが、他の士郎自身の事については、何も知らないことにルイズ達は気付かされた。

そして、ルイズの頭の中には、先程の言われたアイナの言葉が頭にこびり付いて離れなかった。

 

『アナタ如きの力量で彼を使い魔にしたなんて思い込んでるなんてね……』

『そのままの意味よ、士郎がその気になれば』

 

その言葉の続きが、ルイズの思考を縛り付ける。

 

(シロウ………)

 

「ああ、もう! やめ、やめ! 辛気臭い雰囲気になるわ。 それよりもルイズ、女王陛下から頼まれた仕事って何だったの? 結局、私達教えてもらってないのよ」

 

重い雰囲気に耐えられなくなったキュルケは、気分転換をしようと、明るくルイズに問う。

 

「な! 密命なのよ! 教えられる訳無いじゃない!」

 

「そんな事、言わずに教えなさいよ」

 

「ダメッたらダメよ!」

 

先程と一変し、そんなやり取りをする2人を余所に、タバサは1人黙々と本を読み耽っていた。

気が付いたギーシュは、自分の事を気にも留めてもらえず隅でいじけており、そんなギーシュを、彼の使い魔のヴェルダンデが優しく慰めていた。

そうして一同は、トリステインの王宮へと向かって行った。

 

 

 

 

士郎は無数の剣が突き立つ荒野に1人佇んでいた。

そこに、年の頃20前後の1人の美女が現れた。

流れるような長いの銀髪に翡翠色の瞳は、見る者を魅了すると言っても過言ではなかった。

 

『士郎、大丈夫?』

 

心配そうに女は聞く。

 

『ああ、シーア。 助かったよ』

 

目の前の女性こそが、大十字九郎の著書、士郎の魔道書『シーア・アジフ』の精霊。

九郎が自分の魔道書『アル・アジフ』を元に創り上げたものだ。

内容は『アル・アジフ』の記述を中心にしているから、写本とも言えなくは無いが、異なる記述もかなり入っている為、『アル・アジフ』とは異なる魔道書として分類されている。

創られて2年程しか経っていない為に、精神年齢が幼いが、そのボディーはアルを嫉妬させるに充分なものだった!

ちなみに、実体化できるようになって初めて会った時に、アルから攻撃されそうになり、それを九郎が必死に止めると言う出来事があった。

 

『よかった。 ……アイツ、如何するの?』

 

士郎の答えにホッとしたシーアだが、アイナの事が彼女に危機感を覚えさせる。

 

『アイナの事か……。 アイツが何を考えているのか分からないが、この世界に残して帰る訳にはいかない……』

 

アイナの力を持ってすれば、この世界のバランスを崩すのは簡単な事だ。

だが、アイナは自分が直接的に動く事を良しとしない。

まあ、士郎の事に関しては例外なのだが……。

しかし、そんなアイナが表舞台にワザワザ姿を現したのだ。

士郎とシーアはその事に、大きな不安を感じていた。

2人は今後の方針について、暫らく話し合った。

 

『そうだね……。 ふぁ〜……。 士郎、疲れたから休む』

 

シーアは大きなアクビをした後、士郎にそう告げると、風景に溶け込んでいき、その姿を消す。

やはり、前回の消耗からやっと回復した直後だったとは言え、アイナとの戦闘は疲れるようだ。

 

『ああ、お休み。 シーア……』

 

士郎もそう言うと、目を瞑り、自身も眠りに就いた。

 

 

 

先日、トリステインの王都ではアルビオン王国が貴族派の革命軍『レコン・キスタ』に破れたとの知らせを聞き、厳重な警戒態勢を布かれたいた。

隣国アルビオンを滅ぼした『レコン・キスタ』が、トリステインに侵攻すると言う噂が流れたのだ。

それにより、王都の周辺を守る衛士隊の空気が、ピリピリとしたものになっていた。

王宮の上空では、幻獣や、船を問わず飛行禁止令が出され、門をくぐる人物のチェックも容赦が無く、普段はなんなく通される仕立て屋や、出入りの商人達が門の前で呼び止められ、身体検査を受け、ディティクトマジックでメイジが化けていないか、魅了の魔法で操られていないか等、厳重なものであった。

 

そんな時、1匹の風竜が王宮の上空に現れた。

その背中には、数名の人影が見え、しかも口に何かを銜えていた。

それを見た魔法衛士隊の隊員達は色めきたつ。

このトリステイン王国の魔法衛士隊は三部隊に分けられており、通常、三部隊がローテーションを組んで、王宮の守護に当たっていた。

今日の警備はマンティコア隊で、他の部隊は非番が訓練でこの場には居ない。

マンティコアに騎乗したメイジ達は背中に載っている人物に、王都の上空は現在飛行禁止であると大声で告げたが、風竜は警告を無視して、王宮の中庭に降り立った。

 

マンティコアに跨った隊員達は、素早く風竜を囲む。

その背中には、3人の少女に2人の少年の姿が確認され、口に銜えられていたのは巨大モグラだった。

隊員達は腰からレイピアのような形状をした杖を引き抜くと、いつでも呪文を詠唱できる体勢をとると、ガッチリとした体格に髭面の隊長が侵入者達に大声で命令した。

 

杖を捨てろ!

 

侵入者……ルイズ達は一瞬、むっとした表情を浮かべるが、タバサが一言、喋った。

 

「宮廷」

 

その言葉にしかたがないと納得したルイズ達は、自分の持っている杖を命令された通りに、地面に投げた。

 

「今現在、王宮の上空は飛行禁止だ。 知らんのか?」

 

ルイズが1人、シルフィードから軽やかに飛び降りると、毅然とした声で名乗りを上げた。

 

「私はラ・ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズです。 怪しい者ではありません。 姫様に取次ぎを願います」

 

隊長は首を捻りながら、ルイズを見る。

ラ・ヴァリエール公爵家はトリステインでも有数の貴族で、この隊長は夫妻の事を知っていた。

隊長は杖を下ろした。

 

「ラ・ヴァリエール公爵様の三女とな」

 

「はい」

 

ルイズは、胸を張って隊長の目を真っ直ぐに見る。

 

「なるほど、見れば目元が母君にそっくりだ。 して、要件を窺おうか?」

 

「それは言えません。 密命なのです」

 

「では殿下に取り次ぐわけにはいかぬ。 用件も尋ねずに取り次いだ日にはこちらの首が飛ぶからな」

 

隊長は、困った声で言った。

 

(……ルイズ。 もう少し、機転を利かせろよ……)

 

バカ正直過ぎるルイズを見て、士郎は頭を抱えた。

もう少し気を利かせれば、取り次いでもらえる方法も幾つかあっただろうに……。

 

(まあ、ルイズらしいと言えば、ルイズらしいんだけどな……)

 

ルイズは何とかアンリエッタに取り次いで貰える様に頼み込んでいるが、マンティコア隊の隊長は首を縦に振ろうとはしない。

そんな中、宮廷の入り口から、鮮やかな紫のマントとローブを羽織った人物が、ひょっこりと顔を出した。

言い争っているルイズの姿を確認すると、急いで駆け寄ってきた。

 

「ルイズ!」

 

アンリエッタの声が聞こえたルイズは、その方向に振り向き、笑顔を浮かべ駆け寄った。

 

「姫様!」

 

隊員達や士郎達の見守る中、2人はぎゅっと抱き合う。

 

「ああ、無事に帰ってきたのねルイズ、ルイズ……」

 

「姫様……」

 

2人の目から、ポロリと涙が零れ落ちる。

 

「件の手紙は、無事、このとおりでございます」

 

ルイズはシャツの胸ポケットから、アンリエッタにそっと手紙を見せる。

それを見たアンリエッタは大きく頷き、ルイズの手を硬く握り締めた。

 

「やはり、あなたはわたくしの一番のお友達ですわ」

 

「もったいないお言葉です。 姫様」

 

辺りを見回し、ウェールズの姿が無い事に気がついたアンリエッタは、顔を曇らせた。

 

「……ウェールズ様は、やはり父王に殉じたのですね」

 

ルイズは静かに頷いた。

 

「……して、ワルド子爵は? 姿が見えませんが。 別行動を取ってるのかしら? それとも……、まさか……、敵の手に掛かって? あの子爵に限って、そんな筈は……」

 

ルイズは、アンリエッタの言葉に表情を曇らせる。

士郎が少し、言いにくそうに口を開いた。

 

「姫様。 ここでは少し……」

 

士郎の言葉に、アンリエッタは周りの衛士隊のメイジ達が、興味深そうにこちら側を見ているのに気が付いた。

 

「彼らはわたくしの客人ですわ。 隊長殿」

 

「さようですか」

 

アンリエッタの言葉で隊長は納得すると、隊員達を促し、持ち場へに去っていく。

アンリエッタはそれを確認すると、再びルイズに向き直る。

 

「道中、何があったのですか? ……とにかく、私の部屋で話しましょう。 他の方々は別室を用意します。 そこでお休みになって下さい」

 

 

 

キュルケとタバサ、それにギーシュを謁見待合室に残すと、アンリエッタはルイズと士郎を自室に迎え入れた。

そこでルイズは、事の次第をアンリエッタに話した。

道中、キュルケやタバサ達と合流した事。

脱走したフーケに宿で襲われた事。

アルビオンに向かう船に乗っている最中、空賊に襲われた事。

その空賊が実はアルビオン王国の偽装で、そこにウェールズ皇太子が乗っていた事。

ウェールズ皇太子に、亡命を進めたが断られた事。

成り行きでワルドと結婚式を挙げる寸前まで行った事。

そして……、ルイズがその結婚を断った直後にワルドが豹変して、ウェールズに襲い掛かり、手紙を奪おうとした事。

だが、アイナの事についてはアンリエッタには説明しなかった。

士郎がルイズを止めたからだ。

 

その報告を聞き、アンリエッタは悲嘆にくれた。

件の手紙を取り戻し、ゲルマニアとの同盟が守られたのは大きな成果だったが、ワルドの裏切りの所為だった。

 

「あの子爵が裏切り者だったなんて……。 まさか、魔法衛士隊に裏切り者がいるなんて……」

 

アンリエッタは、かつてウェールズに送った手紙を見ながら、涙をこぼす。

 

「姫様……」

 

ルイズは、そっとアンリエッタの手を握り締めた。

 

「わたくしが、ウェールズ様の命を奪ったようなものだわ。 裏切り者を、使者に選ぶなんて、わたくしはなんということを……」

 

士郎は首を横に振った。

 

「あの皇太子は、元より残る心算でしたよ。 アナタの所為じゃありません」

 

「ねえ、ルイズ。 あの方は、わたくしの手紙をきちんと最後まで読んでくれたかしら?」

 

ルイズは頷く。

 

「はい、姫様。 ウェールズ皇太子は最後まで手紙をご覧になりました」

 

「ならば、ウェールズ様はわたくしを愛しておられなかったのね……」

 

アンリエッタは、寂しげな表情になる。

 

「では、やはり……皇太子に亡命をお勧めになられたのですね?」

 

アンリエッタは手紙を見ながら、小さくだが頷いた。

やはり、ルイズの思ったとおりであった。

 

「ええ。 死んで欲しくなかったんですもの。 愛してたのよ。 わたくし」

 

暫らくの沈黙の後、アンリエッタはポツリと呟いた。

 

「わたくしより、名誉の方が大事だったのかしら?」

 

確かに、名誉の為でもあっただろう。

しかし、1番の理由はアンリエッタに迷惑を掛けたくなかった。

それが、ウェールズの気持ちである事を、士郎は聞いて感じていた。

 

「違います。 ウェールズ皇太子はアルビオンの貴族派がこのトリステインに、そして何より、アナタに迷惑を掛けたくなかったからこそ、残ったんです。 俺はそう聞きました」

 

ぼんやりとした様子で、アンリエッタは士郎を見た。

 

「わたくしに迷惑を掛けたくなかった?」

 

「ええ、皇太子がトリステインに亡命をしていたら、貴族派に攻め入る格好の理由を作ってしまうと……」

 

「ウェールズ様が亡命しようがしまいが、攻める場合は攻めてくるでしょう。 攻めぬ場合は沈黙を保つでしょう。 個人の存在だけで、戦は発生するものではありませんわ」

 

「いえ、それは違います。 1人の存在をめぐって国が争う場合もあるはずです。 仮に違うとしても攻め入られた時、ウェールズ皇太子が亡命してきた所為だという輩は現れます。 その事をアナタの責任にする輩もです。 ウェールズ皇太子は自分の所為で、アナタに迷惑を掛ける事が耐えられなかったんですよ」

 

アンリエッタは深い溜息を吐く。

士郎は少し間を開けて、次の言葉を言った。

 

「勇猛に戦い、勇猛に死んでいった。 アナタにそう伝えてくれと頼まれました。 それとコレを」

 

そう言って士郎は1つの指輪を取り出した。

 

「これは『風のルビー』ではありませんか。 ウェールズ様から預かってきたのですか?」

 

「はい。 コレをアナタに渡して欲しいと、預かりました」

 

ルイズと離れていた時に、士郎はウェールズから風のルビーを預かっていたのだ。

アンリエッタは受け取った風のルビーを指に嵌める。

ウェールズが嵌めていた物の為に、アンリエッタの指にはゆるかったのだが……、アンリエッタが小さく呪文を唱えると、指輪のリング部分が窄まり、左手の薬指にピッタリとおさまった。

 

「勇猛に戦い、勇猛に死んでいった……ですか。 ……ありがとうございます。 優しい使い魔さん」

 

寂しさ、悲しさ、そういった感情が含まれながらも、士郎への感謝のこもった笑顔を浮かべるアンリエッタ。

 

「姫様。 コレをお返しします」

 

ルイズはポケットからアンリエッタより渡された『水のルビー』を取り出すと、アンリエッタに返そうとする。

しかし、アンリエッタは首を横に振る。

 

「いいのですよ、ルイズ。 アナタは無事に手紙を取り戻してくれました。 ゲルマニアとの同盟も無事に済むでしょう。 そうなればアルビオンも簡単には攻め入って来れない筈です。 その、せめてものお礼です。 アナタが持っていて下さい」

 

「こんな高価な品を頂く訳にはいけませんわ」

 

「忠誠には、報いるところがなければなりません。 いいから、取っておきなさいな」

 

ルイズは頷くと、自分の指に嵌めた。

それを見届けたアンリエッタは、士郎の方に向き直った。

 

「使い魔さん、あの人は、勇猛に死んでいったと。 そう言われましたね」

 

「はい」

 

アンリエッタは改めて風のルビーを見つめる。

 

「私も勇猛に生きてみようと思います」

 

 

 

 

 

【シーアが登場です! 少し、シーア・アジフの設定に触れてみました。 3月の前半のカウンター回りはそれ程でもなかったのですが、後半に入って、1万越えの毎日で嬉しい限りです。 この調子なら、今月中にもう1本出せる筈! 次回は日常編の話です】

 


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