Fate and Zero
第26話 「偏在…」
「シ、シロウ」
突如現れた士郎が、ワルドがウェールズに向かって放った必殺の魔法を防ぐ。
ワルドはすぐさま後方に飛び退く。
「助かったよ」
ウェールズは、ほっとした様子である。
それに対しルイズはまだ状況の把握が出来ていないようだった。
「ようやく尻尾を出したな」
士郎はすぐに2人を自分の後ろに隠しながら、目の前のワルドに言葉をかける。
「……いつ気が付いた」
苦い表情で声を出すワルド。
「ほぼ最初からだよ。 騙そうと思うならもっと上手くやれ、あんたの説明には矛盾があったんだよ。 使い魔の俺の事を人とは思わなかったなんて言っておきながら、俺がフーケを捕まえたなんて知っているなんて可笑しい過ぎるぞ。 何かあると疑うには十分だ」
「っく」
「ほらルイズ、ダーリンの邪魔になるからこっちに来なさい」
はっとしたルイズが声のする方に振り向くと、いつの間にか礼拝堂の隅にキュルケとタバサが居た。
「な、何でアンタがここに居るのよ!」
「ダーリンと一緒に待ち伏せしていたからに決まってるでしょうが。 ちなみにギーシュは足手まといだから居ないわよ」
「え?」
ルイズの疑問にウェールズが答える。
「ああ、彼に子爵が敵のスパイの可能性が高いと聞かされていてね。 しかし、ちゃんとした証拠も無しだとしらを切れればそこでお仕舞いだからね。 そこで彼らが待機して子爵が行動を起こすのを待っていたのさ。 それにしても彼はスゴイな、面と向かって話したときから只者ではないと思っていたのだが、洞察力、判断力どれをとってもずば抜けているうえに、確か『結界』と言ったかな、私の知らない魔法まで使えるのだから」
「あたしのダーリンだもの、当然よね」
「誰がアンタのよ! シロウは私の使い魔よ! それに、なんで私に何も言わないのよ!」
キュルケに食って掛かるルイズ。
「当然の話よヴァリエール。 隠し事に向かないアンタに話したらスグにばれちゃうじゃない」
「正直」
言い合いをしているルイズ達を余所に、ワルドの表情は益々悪くなる。
「さてと、どうしてトリステインの貴族のアンタが、わざわざレコンキスタに居るのか理由は聞きたいが、色々と立て込んでるんでおとなしく捕まってもらおうか」
士郎は改めてデルフリンガーを構えなおすと、ワルドに対し静かに告げる。
それに対しワルドは素早く呪文を唱える。
『ウィンド・ブレイク』の突風が士郎を襲うが、先程ウェールズに放たれた魔法を無効化したように、デルフリンガーの刀身に吸い込まれ士郎自身には届かない。
「いや〜、相棒! やっとマトモに使ってもらったぜ! なにせ、相棒自身が強いから俺の出番が殆ど無かったからな」
今までマトモに話の出来なかったデルフリンガーは、ここぞとばかりに喋りだす。
「すねるなよデルフ。 存分に活躍してもらうからさ」
「唯の剣では無かったか……」
ワルドは表情を硬くする。
「そうだぜ、なんせ俺は伝説さ。 相棒が持てば鬼に金棒よ」
自慢げな声のデルフリンガー。
「ならば宿での借りを返させて貰う。 何故、『風』の魔法が最強と呼ばれるか、その所以を身を持って教えよう」
ニヤリと笑い、杖を構えるワルド。
「皆はそこに居てくれ!」
士郎は正面のワルドから視線を外さず後ろに居る4人に話しかける。
「ユビキタス・デル・ウィンデ……」
ワルドが呪文を唱え終わると、いきなり体が分裂した。
1人…、2人…、3人…、4人…、本体を含めて5人のワルドが士郎を取り囲む。
「分身か……」
「唯の分身ではないぞ! 風の偏在……。 風は偏在する。 風の吹くところ、何処と無くさ迷い出て、その距離は意志の力に比例する」
するとワルド達は懐からすっと真っ白な仮面を取り出すと、それを顔につける。
それは、桟橋で襲ってきた仮面の男であった。
「桟橋で襲ってきたのはアンタか……。 どおりでてごたえが無かった筈だ、風の分身体だったんだからな。 しかしさすがは風のスクウェアか、4体もの分身体を作り出せるんだからな」
「ふむ、やはり貴様は危険だな。 早々に退場してもらおうか!」
焦りの表情を見せずに冷静に分析を重ねる士郎に対し、ワルドは危機感を募らせる。
ワルド達はさらに呪文を唱え、5人のワルドの杖が青白く光る。
『エアー・ニードル』、先程ワルドがウェールズを殺そうとして使用した魔法だ。
杖は細かく振動し、回転する空気の渦が鋭利な刃となっている。
「我々1人1人が意思と力を持っている。 先程は不意を衝かれて防がれたが、5人同時ではどうかな?」
そう言うと同時に、ワルド達は士郎に飛び掛る。
士郎は杖を剣で捌き、受け流し、避けるが空気の刃は完全に防ぎきれないらしく、腕や体に少し切り傷ができる。
「はっはっは! まだ無事とはな、さすがは伝説の使い魔と言った所だが、所詮は骨董品だな。 風の偏在に手も足も出ないようだな!」
ワルドは自分が優勢に事を運んでいる為か高らかに笑い声上げる。
士郎はその言葉が聞こえていないのか、受けに回っているばかりだ。
「ほら、どうした! 手も足も出ないか!」
その様子を心配そうに見ていたルイズとキュルケは叫び声をあげる。
「シロウ!」
「ダーリン!」
ルイズは士郎に駆け寄ろうとし、キュルケは呪文を唱えようとするがそれをタバサに止められる。
「大丈夫」
「なんでよ!」
ルイズはタバサに掴み掛ろうとするが、すっとタバサが出した手にそれを止められる。
タバサの手は士郎に向けて指されていた。
「全て防いでいる」
そう、士郎は風の刃で小さな切り傷こそは負っているが、歴戦の戦士であるワルド5人の怒涛の攻撃を全て防いでいる。
正面、左右、背後どこからワルドが攻撃しようとも、その杖が体に届く事が無い。
徐々に風の刃からの攻撃も受けなくなっていた。
まるで、その攻撃を全て見透かすように……。
そして次の瞬間、士郎が攻撃に移る。
「その程度かよ!」
「やれ、相棒!」
最初の横薙ぎの斬撃で、正面のワルドを切り捨て、そのまま右に跳び、もう1人を貫く。
「な!」
残った3人は慌てて飛び退こうとするが、士郎は風車のようにデルフリンガーを振り回し3人を切り裂く。
ワルド達が調子に乗って接近しすぎたのがアダになってしまった。
切り裂かれた分身達は消え去り、残った本体のワルドは地面に倒れる。
そして、切られた左腕と杖が一瞬遅れて落ちて来た。
「うそ」
ルイズはその光景に呆然とする。
ワルドはよろめきながら立ち上がり、士郎を睨みつける。
「くそ……、この『閃光』がよもや遅れを取るとは……」
「さすがだぜ、相棒」
士郎は倒れているワルドに近づいていく。
「圧倒的だな……」
魔法衛士隊とはメイジの中でも戦闘を得意とした者が集まる隊であり、その隊長ともなればメイジの中でも上位に位置する存在である。
それを、士郎は一瞬で反撃に移ると瞬く間に倒してしまったのだから、ウェールズがそんな言葉を漏らすのは当然だろう。
もっとも、前回の決闘のおかげで士郎がワルドのクセをあらかた把握していたのも大きいだろう。
「すごーい。 もう、さすがダーリン。 向かう所敵無しね」
「強い」
士郎はワルドの目の前に立つ。
「さてと、止血をしないとな」
切られたワルドの左手からはいまだに血が流れている。
その為、ワルドの意識は朦朧としており、数分も放置すれば命が無い状況だ。
士郎はしゃがみワルドの手当てをしようとする。
『士郎!』
突如、シーアから焦った声が聞こえたのと同時に、士郎の体に黒い光球が炸裂した。
派手な炸裂音と爆発を巻き起こし、士郎は周りの椅子に吹き飛ばされて瓦礫の中に埋まる。
「士郎!」
「ダーリン!」
「!!」
「な!」
4人は叫び声を上げる。
「もう士郎ッたら、腕を上げたのね」
よく透き通る声が、礼拝堂の入り口から聞こえてきた。
ルイズ達は一斉にそちらを向く。
そこには黒髪で褐色の肌をもつ美女が居た。
女はクスクスと笑いながら士郎の埋もれている瓦礫へと向かう。
「「「「!」」」」
ルイズ達はその女の放つ妖艶かつ異様な雰囲気に気圧され、言葉を放つ事が出来ないでいる。
女は瓦礫の前に立つと、埋もれているであろう士郎に声をかける。
「その魔道書の力を借りたとはいえ、あの一瞬でアレを抵抗出来るなんてね……。 さすが、私の士郎ね」
女がそう言うと同時に瓦礫の山が吹き飛び、そこから赤と黒のボディースーツを身に纏ったマギウススタイルの士郎が現れた。
「なんで……、なんでお前がここに居る! 答えろアイナ!」
士郎は目の前のありえない光景に叫び、アイナと呼ばれた女はクスクスと笑う。
【え〜、次回で2巻の話は終わりになる予定です。 まあ、新しく出てきたアイナ。 彼女の正体とは? 次回をお楽しみ下さい】