Fate and Zero
第25話 「おもい…」
ルイズと士郎はウェールズに付き従い、彼の部屋までやってきていた。
城の一番高い天守の一角にある彼の部屋は、とても皇子の部屋とは思えないほど質素だった。
木でできた粗末なベットに、椅子とテーブルが1組。
壁には戦の様子を描いたタペストリーが1枚飾られている。
ウェールズは椅子に腰をかけると、机の引き出しから宝石の散りばめられた小箱を取り出すと、首からネックレスを外す。
よく見るとネックレスの先端の部分に鍵がついている。
ウェールズは鍵を差し込み小箱を開ける。
箱の内側にはアンリエッタの肖像画が描かれていた。
ルイズがそれを覗き込んでいるのに気がついたウェールズは、はにかみながら答えた。
「宝箱でね」
箱の中には1通の手紙が入っていた。
ウェールズはその手紙を取り出し、再びそれに目を通す。
何度も読んでいたらしく、手紙はすでにボロボロになっていた。
読み終えるとウェールズは丁寧にたたみ、手紙を封筒に入れてルイズに手渡す。
「これが姫からいただいた手紙だ。 このとおり、確かに返却したぞ」
「ありがとうございます」
ルイズは深々と頭を下げて、その手紙を受け取った。
「明日の朝、非戦闘員を乗せた『イーグル』号がここを出港する。 それに乗ってトリスティンに帰りなさい」
ルイズは暫らく手紙を見て、そして何かを決心したかのように口を開いた。
「あの、殿下……。 さきほど、栄光ある敗北とおっしゃっていましたが、王軍に勝ち目は無いのですか?」
ルイズの躊躇うような問いに、ウェールズはあっさりと答えた。
「無いよ。 我が軍は300、敵軍は50,000。 万に一つの可能性も無い。 我々にできることは、勇猛果敢な死に様を連中に見せることだけだ」
「殿下の討ち死になさる様も、その中に含まれるのですか?」
「当然だ。 私は真っ先に死ぬ心算だよ」
ルイズはウェールズに深々と頭を下げる。
「殿下……、失礼をお許し下さい。 恐れながら、申し上げたい事がございます」
「なんなりと、申してみよ」
「この任務を仰せつけられた時の姫様のご様子は、尋常ではございませんでした。 そう、まるで恋人の身を案じているような……。 それに、先ほど殿下の宝箱の内側には姫様の肖像画が描かれていました。 手紙をご覧になっている際の殿下の物憂げなお顔といい、もしや、姫様と殿下は……」
ウェールズは、ルイズの言いたい事を察し、微笑みながら口を開いた。
「君は、従妹のアンリエッタと、この私が恋仲であったと言いたいのかね?」
ルイズは頷く。
「そう想像しました。 とんだご無礼をお許し下さい。 しかし、そうするとこの手紙の内容は……」
ウェールズは、一瞬言おうか言うまいか悩み、苦笑を浮かべた。
「恋文だよ。 君の想像しているものさ。 それはアンリエッタが始祖ブリミルの名に永遠の愛を誓ったものだ。 知っているように、始祖に誓う愛は婚姻のときでなくてはならぬ。 それが貴族派の連中の手に渡り、ゲルマニアの皇帝に知られたら彼女は重婚の罪に問われる。 そうなれば、ゲルマニアとトリステインの同盟は白紙となり、トリステイン1国であの恐ろしい貴族派連中と戦わねばならぬだろう」
「とにかく、姫様は殿下と恋仲であらせられたのですね?」
「昔の話だ」
「殿下、亡命なさいませ! トリステインに亡命なさいませ! お願いでございます!」
「それはできんよ」
ウェールズは笑いながら言った。
「殿下、これはわたくしの願いではございませぬ! 姫様の願いでございます! 姫様の手紙には、そう書かれておりませんでしたか? わたくしは幼き頃、恐れ多くも姫様のお遊び相手を務めさせていただきました! 姫様の気性は大変よく存じております! あの姫様がご自分の愛した人を見捨てる筈がございません! おっしゃってくださいな、殿下!姫様は、たぶん手紙の末尾であなたに亡命をお勧めになっている筈ですわ!」
ウェールズは首を横に振った。
「そのようなことは、1行も書かれていない」
「殿下!」
ルイズはウェールズに詰め寄った。
「私は王族だ。 嘘はつかぬ。 姫と私の名誉に誓って言うが、ただの1行たりとも私に亡命を勧めるような文句は書かれていない」
ウェールズは苦しそうに言った。
その様子から、ルイズの指摘が当たっていたことがうかがえた。
「アンリエッタは王女だ。 自分の都合を国の大事に優先させる訳が無い」
ルイズはウェールズの意思が果てしなく固いのを見て取った。
同時に、ウェールズがアンリエッタを庇おうとしているのが分かる。
臣下の者に、アンリエッタが情に流された女と思われるのがイヤなのだろう。
「君は正直な女の子だな。 ラ・ヴァリエール嬢。 正直で、真っ直ぐで、いい目をしている」
ルイズは、寂しそうに俯いた。
「忠告しよう。 そのように正直では大使は務まらぬよ。 しっかりなさい」
ウェールズは微笑んだ。
「しかしながら、亡国への大使としては適任かもしれぬ。 明日に滅ぶ政府は、誰よりも正直だからね。 なぜなら、名誉以外に守るものが他には無いのだから……。 そろそろ、パーティーの時間だ。 君達は我らの王国が迎える最後の客だ。 是非とも出席してほしい」
そう言うと、ルイズは部屋を出て行った。
「まだ何か用があるのかな? 使い魔君」
それまで黙って様子を見ていた士郎が口を開いた。
「ええ、恐れながら。 アナタに幾つか聞きたいことと、忠告を」
「うかがおう」
パーティーは城のホールで行われた。
明日には滅びるというのに、ずいぶんと華やかなパーティーであった。
王党派の貴族たちは着飾り、テーブルの上にはこの日の為にとって置かれた、様々なご馳走が並んでいた。
こんな時期にやって来たルイズたちが珍しいらしく、王党派の貴族たちが次々にやって来て、明るく料理を勧めたり、酒を勧めたり、冗談などを言っていた。
暫らくその様子を見ていた士郎は、そろそろ切り上げようと思い、飲み食いをしていたギーシュにその事を告げ部屋に戻ろうとする。
その時、後ろから肩を叩かれる。
後ろを振り向くと、ワルドが立っていた。
「君に言っておかなければならぬ事がある」
「何ですか?」
「明日、僕とルイズはここで結婚式を挙げる」
「こんな時に? こんな場所で?」
「是非とも、僕たちの婚姻の媒酌を、あの勇猛なウェールズ皇太子にお願いしたくなってね。 皇太子も引き受けてくださった。 決戦の前に、僕たちは式を挙げる」
「そうですか……」
「君も出席するかね?」
士郎は首を横に振る。
「そうかね。 ならば明日の朝、すぐに出発したまえ。 私とルイズはグリフォンで帰る」
「そんなに長い距離を飛べるんですか?」
「滑空するだけなら、問題ない。 君とはここでお別れだな」
士郎は答えず、部屋に戻っていった。
部屋に戻る途中、士郎は泣いているルイズを見かけた。
ルイズは士郎に気が付くと、すぐに目頭をごしごしと拭う。
「どうしたんだ?」
士郎は優しくルイズに問いかける。
するとルイズは士郎の胸に顔を押し当てて、ぎゅっと抱きしめてきた。
士郎は、優しくルイズの頭を撫でる。
暫らくそうしていると、泣きながらだがルイズが話し始めた。
「いやだわ……、あの人たち……、どうして、どうして死を選ぶの? 訳わかんない。 姫様が逃げてって言っているのに……、恋人が逃げてって言っているのに、どうしてウェールズ皇太子は死を選ぶの?」
「大事なモノを守るためだって、言っていた」
「何よそれ、愛する人より大事なものがこの世にあるっていうの?」
「何を大事に思うかは人それぞれだルイズ。 それに、大事だから何も言わない事もある。 愛しているから遠ざける事もある」
士郎はそう言いながら、先ほど話していたウェールズの言葉を思い浮かべた。
『私がトリステインに行けば、貴族派たちが攻め込む格好の口実となる。 私はアンリエッタを愛しているからこそ、彼女の元へは行けぬ。 おっと、これは彼女には伝えないでくれたまえ、要らぬ心労は美貌を害するからな』
「わかんない。 私、もう一度説得してみる」
「ダメだ」
「どうしてよ」
「ルイズ、言いたい事は分かる。 確かに周りから見たら愚かな事かも知れない。 迷いがあるなら止められる。 でも、もう決めてしまっているんだよ、自分の信念で。 それを覆させるのは、そのオモイを殺す事になる。 それは皇太子に対する侮辱だ。 ルイズにそこまでして止めるオモイが有るのか?」
ルイズはその言葉に気圧される。
「で、でも、姫様が……」
「ルイズ……。 他人の言葉をそのまま使っても、それはきっと届かない」
士郎はルイズの頭を優しく撫でながら微笑みかけるが、ルイズは士郎の手を払いのける。
「もういい! ここの連中も殿下も士郎も、自分の事しか考えていない! 残されていく人の事なんか考えていないんだわ!」
そう言って、ルイズは走り去っていく。
「もし、相手に言葉を届かせようと思うなら、自分で思考し、言葉にしろ。 自分の意思を言葉にしろ。 それはきっと大事な事だから……」
士郎は走り去るルイズの方向に、そっと呟いた。
翌朝、ルイズはワルドに連れられて始祖ブリミルの像が置かれた礼拝堂に来ていた。
中にはウェールズが1人いるだけだった。
おそらく、戦の準備で忙しいのだろう。
「さあ」
ワルドに促されるままルイズは中に入る。
今朝方早くに、いきなりワルドに起こされ、戸惑いはしたが、昨日のウェールズや士郎の言葉がルイズを落ち込ませており、深く考えずに半分眠った頭でここまで来た。
「今から結婚式をするんだ」
そう言いながらワルドはルイズの頭に、アルビオン王家から借り受けた新婦の冠をのせる。
続いて、マントも新婦のために用意された純白のマントに取り替える。
その様にワルドに着せ替えられてもルイズは無反応だった。
ワルドはそんなルイズの様子を、肯定の意思表示と受け取った。
始祖ブリミルの像の前に立ったウェールズの前で、ルイズと並びワルドは一礼をした。
「では、式を始める」
ウェールズの声がルイズの耳にも届くが、ルイズの心はこの場に無い様だった。
「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。 汝は始祖ブリミルの名において、この者を敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか」
ワルドは重々しく頷くと、杖を握った左手を胸の前に置いた。
「誓います」
「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 汝は始祖ブリミルの名において、この者を敬い、愛し、そして夫とすることを誓いますか」
ルイズはその言葉に答えない。
「新婦?」
その言葉にようやく顔を上げるルイズ。
「緊張しているのかい? 仕方が無い。 初めての時は事が何であれ緊張するものだからね」
にっこりと笑って、ウェールズは続ける。
「まあ、これは儀礼に過ぎぬが、儀礼にはそれをするだけの意味が有る。 では繰り返そう。 汝は始祖ブリミルの名において、この者を敬い、愛し、そして」
ルイズはウェールズの言葉の途中で、首を横に振った。
「新婦?」
「ルイズ?」
「ワルド、私はアナタとは結婚しないわ」
悲しそうな表情を浮かべながらも、ルイズはハッキリとそう言った。
ウェールズはいきなりの展開に首をかしげながらもルイズに問いかける。
「新婦は、この結婚を望まないのか?」
「その通りです。 お二方には大変失礼をかけますが、私はこの結婚を望みません」
ワルドの顔に、さっと朱がさした。
ウェールズは困ったように、ワルドに告げた。
「子爵、誠に気の毒だが、花嫁が望まぬ式をこれ以上続けるわけにはいかぬ」
しかし、ワルドはウェールズに見向きもせずに、ルイズの手を取った。
「……緊張しているんだ。 そうだろルイズ。 君が、僕との結婚を拒むわけが無い」
「ごめんなさい。 ワルド。 憧れだったのよ。 もしかしたら、恋だったかもしれない。 でも、今は違うわ」
するとワルドは、今度はルイズの肩をつかんだ。
「ルイズ! 僕には君が必要なんだ! 君の能力が! 力が!」
そのワルドの剣幕にルイズは恐れをいだく。
そのワルドの剣幕を見かねたウェールズは、間に入ってとりなそうとする。
「子爵……、君はフラれたのだ。 いさぎよく……」
「黙っておれ!」
ウェールズはワルドの言葉に驚き立ち尽くした。
ワルドはルイズの手をギュッと握る。
「ルイズ! 君の才能が僕には必要なんだ!」
ルイズは手を振りほどこうとしたが、物凄い力で握られている為に、振りほどくことが出来ない。
苦痛に顔をゆがめながらも、ルイズは言った。
「そんな結婚はお断りよ! アナタは、私の事をちっとも愛していないじゃない! そんな侮辱は無いわ!」
ワルドはルイズから手を離し、どこまでも優しく、しかし冷たい笑顔を浮かべる。
「こうまで僕が言ってもダメかい? ルイズ。 僕のルイズ」
「いやよ! 誰がアナタと結婚なんかするもんですか!」
ワルドは天を仰いだ。
「この旅で、君の気持ちを掴む為に随分と努力したんだが……。 こうなっては仕方が無い。 ならば目的の1つは諦めよう」
「目的?」
ルイズは首をかしげた。
「そうだ。 この旅における僕の目的は3つあった。 その2つを達成できただけでも良しとしなければな」
「達成? 2つ? どういう事?」
ルイズの中で不安が急に広がっていく。
「1つ目はルイズ、君だ。 しかし、君を手に入れる事は叶わないようだ」
「当然でしょう」
「2つ目の目的は、君のポケットにあるアンリエッタの手紙だ」
ルイズははっとした。
「ワルドあなた……」
「3つ目は……」
ワルドは素早く杖を抜くと、呪文の詠唱を完成させる。
青白く輝く杖をウェールズの胸に突き刺そうとする。
「喰らい尽くせ! デルフ!」
突然、現れた剣にワルドの魔法が飲み込まれ、杖と剣がぶつかり合う。
「な!」
「3つ目は何なんだ?」
そこには、デルフリンガーを構えた士郎が居た。
【どうも、皆様何とか書きあがりました。 これから試験があるので次回は予告どおりにいかないかも知れませんがご容赦下さい。 open the demonbaneの方は今月中に1話何とか更新する心算です。 それと次回のZeroについて、オリキャラが出てくるかも? では、また次回に】