Fate and Zero

 

第22話 「出港…」

 

 

 

酒場から出ると、士郎たちの耳に派手な爆発音が聞こえてきた。

 

「……始まったみたいね」

 

「そうだな……。 心配かルイズ?」

 

「そ、そんなわけないじゃない!」

 

口ではそう言うルイズだったが、心配そうな表情を隠しきれていなかった。

 

「そうか、まあ、あいつらの事だ。 後から追いかけてくるさ」

 

「そうね……」

 

(ギーシュにアレを渡しておいたけど、ちゃんと使えるかが問題だな?)

 

士郎はギーシュがちゃんと使用できるのかが心配になっていた。

 

「桟橋はこっちだ」

 

ワルドが周囲に人がいないのを確かめ、先頭を行き、続いてルイズ、士郎がしんがりを受け持った。

 

 

 

巨大な岩のゴーレムの肩の上で、フーケは舌打ちをしていた。

先ほど、突撃を命じた一隊が、炎に巻かれて大騒ぎになっているからだ。

隣に立つ仮面に黒マントを羽織った貴族に、フーケは呟いた。

 

「ったく、やっぱり金で動く連中は使えないわね。 あの程度の炎で大騒ぎじゃないの」

 

「あれでよい」

 

「あれじゃあ、あいつらをやっつけることなんかできないじゃないの!」

 

「倒さずとも、かまわぬ。 分散すれば、それでよい」

 

「あんたはそうでも、わたしはそうはいかないね。 あいつらのおかげで、恥をかいたからね」

 

しかし、マントの男はフーケの言葉を無視して立ち上がる。

 

「俺はラ・ヴェリエールの娘を追う」

 

「わたしはどうすんのよ」

 

「好きにしろ。 残った連中は煮ようが焼こうが、お前の勝手だ。 合流は例の酒場で」

 

そう言うと、男はゴーレムの肩から飛び降り、暗闇の中に消えた。

 

「ったく、勝手な男だよ。 何考えているんだか、ちっとも教えてくれないんだからね」

 

フーケは苦々しげに呟いた。

下では男たちが悲鳴を上げながら逃げ惑っている。

赤々と燃え上がる炎が、『女神の杵』亭の中から吹いてくる烈風によって、さらに激しさを増し、傭兵たちをさらにあぶり始めた。

その光景を見て、フーケは下に向かって怒鳴る。

 

「ええいもう! 頼りにならない連中ね! どいてなさい!」

 

フーケはゴーレムを『女神の杵』亭の入り口に近づけ、その拳を振り上げさせる。

そして、それを入り口に叩きつけた!

 

 

 

酒場の中から、キュルケとタバサは炎を操り、傭兵たちを苦しめた。

矢を射かけてきた連中も、タバサが風で炎を運ぶと、弓を投げ捨てて逃げていった。

 

「おっほっほ! おっほっほ!」

 

キュルケは勝ち誇って、笑い声をあげる。

 

「見た? わかった? あたしの炎の威力を! 火傷したくなかったらおうちに帰りなさいよね! あっはっは!」

 

「よし、僕の出番だ!」

 

これまで、まったく役に立っていなかったギーシュが、炎の隙間から浮き足立った傭兵たち目掛けて『ワルキューレ』を突っ込ませる。

しかし、轟音と共に、入り口と一緒に消えてしまった。

 

「え?」

 

もうもうと立ちこめる土ぼこりの中に、巨大なゴーレムの姿が浮かび上がった。

 

「忘れてたわ。 あの業突く張りのお姉さんがいたんだっけ」

 

キュルケが舌を出して呟いた。

 

「調子に乗るんじゃないよッ! 小娘どもがッ! まとめて潰してやるよッ!」

 

ゴーレムの肩に立ったフーケが、目をつりあげて怒鳴っている。

 

「どうする?」

 

キュルケはタバサの方を見た。

タバサは、両手を広げると、首を振った。

 

「おお、そう言えば、シロウのヤツが何かあったら使えと言って、コレを預かっていたんだった」

 

そう言って、ギーシュは懐から何かを取り出す。

 

「ダーリンから! ギーシュ! 何でそれを早く出さないのよ!」

 

キュルケは、士郎から切り札らしきものを預かっていたらしいギーシュを問い詰める。

 

「し、仕方が無いだろう! 忘れていたんだから」

 

「ほんっと、あんたって使えないわね。 でも、さすがはダーリンね」

 

キュルケは、士郎の切り札がこの場を逆転させるのを微塵も疑っていなかった。

 

「どう、使うの?」

 

タバサは、ギーシュの取り出した細長い筒のようなものを見て呟いた。

彼女も、士郎の事を信用しているのが分かる。

 

「たしか、コレを敵の方に向かって投げつけろと言っていたな」

 

士郎の言葉を思い出すように説明するギーシュ。

 

「そう、それじゃあ早くあのおばさんのゴーレムに投げつけなさいよ」

 

キュルケはギーシュに向かって言う。

 

「わ、分かっている!」

 

ギーシュは、士郎から預かった筒らしきものを力いっぱい、ゴーレムに向かって投げつける。

筒は放物線を描き、フーケのいる逆の肩に当たり、そのまま乗っかって、……何もおきなかった……。

 

「なんだいコレは?」

 

フーケはゴーレムの肩に乗っかった奇妙な筒を不思議そうに見る。

 

「な、何も起きないじゃないのよ!」

 

キュルケは絶対だと思っていた、士郎から渡された切り札が何も起こさないのに、ギーシュを問い詰める。

タバサも、鋭い視線をギーシュに向ける。

その2人の圧力を受けて、ギーシュは士郎から筒を受け取ったときの事を懸命に思い出そうとする。

 

「そ、そういえば……」

 

「何よ!」

 

キュルケの怒鳴り声と、さらに鋭くなったタバサの視線。

それを受けながら、心苦しそうにギーシュは呟く。

 

「えーっと、確か、敵に投げる前にする事と、注意事項を聞かされたような………」

 

「無能」

 

タバサが一言で、ギーシュを切り捨てる。

 

「う、ううう…………。 こうなったら、もう突撃だ! 突撃! トリステイン貴族の意地を今こそ見せるときである! 父上! 見ていてください! ギーシュは今から男になります!」

 

いたたまれなくなって、パニックに陥ったギーシュはゴーレムに向かって駆け出そうとする。

それを、タバサが自分の杖で足を引っ掛けた。

その為、その場でギーシュは派手に転んだ。

ギーシュは起き上がると、タバサに抗議する。

 

「何をするんだね! ぼくを男にさせてくれ! 姫殿下の名誉のために、薔薇と散らせてくれ!」

 

自棄になっているギーシュにキュルケは声をかける。

 

「いいから逃げるわよ」

 

「逃げない! 僕は逃げません!」

 

「……あなたって、戦場で真っ先に死ぬタイプよ」

 

近づいてくるゴーレムを見て、何かタバサは閃いたらしく、ギーシュの袖を引っ張った。

 

「なんだね?」

 

「薔薇」

 

タバサはギーシュの持つ、薔薇の造花に指を指し、それを振るう仕草をしてみせた。

 

「花びら。 たくさん」

 

「花びらがどーしたね!」

 

訳がわからず、ギーシュは怒鳴るが、キュルケはギーシュの耳を引っ張りながら言った。

 

「いいからタバサの言うとおりにして!」

 

そのキュルケの剣幕に、放された耳をさすりながら、渋々と薔薇の造花を振った。

大量の花びらが宙を舞う。

その中でタバサは呪文を唱え、大量に宙に舞っている花びらがタバサの魔法の風に乗って、ゴーレムに大量に纏わりついた。

 

「花びらをゴーレムにまぶしてどーするんだね!」

 

ギーシュが怒鳴った。

その言葉を無視して、タバサはギーシュに命令する。

 

「錬金」

 

 

 

ゴーレムの肩に乗ったフーケは、自分のゴーレムに花びらが纏わりついたのを見て、鼻を鳴らした。

 

「なによ。 今度は贈り物? 花びらで着飾らせてくれたって、手加減なんかしないからね!」

 

ゴーレムがその巨大な腕を振り上げる。

フーケはその一撃で、キュルケたちが盾代わりにしているテーブルごと押しつぶす心算だった。

その時、纏わりついていた花びらが、ぬらっとした何かの液体に変化した。

フーケの鼻が油の匂いを感じた。

『土』系統のエキスパートであるフーケは、『錬金』の呪文によって、ゴーレムに纏わりついた花びらが油になったことに気がついた。

つまり、現在のゴーレムは油にまみれているのだ。

まずいと思ったフーケは、すぐにゴーレムの肩から飛び退くが手遅れで、キュルケの『火球』がゴーレムに目掛けて飛んできた。

一瞬でゴーレムに火が燃え移り、それと同時に大きな爆発を起こした。

 

「な、なによ」

 

『火球』を放った張本人である、キュルケは目の前の光景に呆然と呟いた。

フーケのゴーレムは粉々に砕けて、爆発の余波を喰らったであろうフーケは長く美しかった髪が熱でちりぢりに焼け焦げ、ローブは炎でボロボロになり、顔は煤で真っ黒になった状態で気絶していた。

雇い主が負けたことを傭兵たちは悟ると、一目散と逃げ出していった。

 

「やった! 僕の『錬金』で勝ちました! 父上! 姫殿下! ギーシュは勝ちましたよ!」

 

ギーシュは浮かれながらあちこちを走り回る。

 

「黙りなさい!」

 

キュルケのボディーブロウが決まって沈黙するギーシュ。

 

「まったく、タバサの作戦のおかげでしょ。 それにしてもあの爆発はなんだったのかしら」

 

キュルケは油と自分の『火球』だけではあんな爆発は起こらないことを理解しているので、首をかしげる。

 

「筒」

 

タバサは、爆発を起こした中心が筒のあった場所だと気がついた。

 

「そ、そう言えば思い出したよ」

 

キュルケのボディーブロウがよほど効いたのか、咳き込むギーシュ。

 

「アレは爆発を起こす秘薬みたいなものだと、シロウは言っていたな。 導火線という筒から出ている紐に火をつけて投げつけると、かなり大きな爆発を起こすから、死人を出したくなかったら気をつけろと言っていたっけな」

 

ウンウンと、首を縦に振りながらギーシュは言う。

 

「ちょっと待ちなさいよ! アンタがそのこと早く思い出していれば、こんな苦労しなくて済んだんじゃないのよ!」

 

キュルケの剣幕に、身の危険を感じるギーシュ。

 

「お、おちつきたま『ゴン』」

 

いつの間にか、ギーシュの後ろにいたタバサは、手に持った杖で、ギーシュの後頭部を思いっきり殴った。

 

「役立たず」

 

 

 

「まったくだわ、タバサ。 とっとこのおばさんを縛り上げて、早くダーリンたちに追いつきましょう」

 

タバサは頷くと、キュルケと2人でフーケを縛り上げる。

もちろん、杖を取り上げるのも忘れない。

 

「まあ、こんなものでいいでしょ。 タバサ、シルフィードを呼んでちょうだい」

 

「分かった」

 

タバサは、シルフィードを呼ぶために口笛を吹いた。

 

 

 

キュルケたちがフーケを縛り上げている頃、桟橋へと士郎たちは走っていた。

幸い、月明かりで道は明るい。

建物の間の長い階段を上ると、丘の上に出た。

そこには、大きさが山程もある、巨大な樹が、四方八方に枝を伸ばしていた。

高さは、夜空に隠れて頂上が見えないため、はっきりと言えないが、かなりの高さがあった。

目を凝らすと、樹の枝に、飛行船のような形状の船がぶら下がっているのが見える。

 

「コレが『桟橋』か……」

 

図書館で一通りの知識は仕入れていた士郎だが、実物を見て驚きの表情をつくる。

樹の根元は、巨大なビルの吹き抜けのフロアーのように、空洞になっていた。

各枝に通じる階段には、金属のプレートが張ってあり、そこに地名が書いてあった。

 

「こっちだ」

 

ワルドは目当ての階段を見つけると、駆け上がり始めた。

木でできた階段は、一段ごとしなり、補助のための手すりがついているが、ボロボロで心もとなかった。

階段の隙間から、ラ・ロシェールの街の明かりが見える。

途中の踊り場で、士郎は後ろから追ってくる足音を聞いた。

 

「追手か!」

 

士郎が振り向くと同時に、黒いマントの男が士郎の頭上を飛び越えようとする。

すぐさま、士郎はデルフリンガーを抜き、男を叩き落す。

男は、とっさに防御したらしく、宙で一回転すると、綺麗に着地した。

 

「フーケと一緒にいた奴か……」

 

「…………」

 

男は無言で、腰から黒塗りの杖を引き抜いた。

 

(こいつがこっちに来たってことは、キュルケたちに余裕が無いってことか……)

 

士郎はあのキュルケとタバサの2人が(ギーシュは頭数には入れていない)、そう簡単にやられるとは思っていない。

仮面の男は、杖を振ると呪文を唱える。

すると、男の頭上の空気が冷え始める。

 

(やらせるか!)

 

士郎は、男との間合いを一瞬で詰め、男に切りかかる。

男は士郎が一瞬で間合いを詰めてきたことに驚き、一瞬詠唱が止まってしまった。

左からの切り上げを何とか杖で防御しようとするも、そのまま切り裂かれる。

そのまま、流れるように士郎の蹴りが男の腹に決まる。

 

(?)

 

士郎は蹴った瞬間、妙な手ごたえを感じた。

蹴り飛ばされた男に、ワルドが追い討ちの魔法を放つ。

風の槌、『エア・ハンマー』。

目に見えぬ、硬い空気の塊が仮面の男を吹き飛ばす。

男は階段から踏み外し、そのまま下に落下していった。

 

「要らぬ世話だったかな?」

 

「いえ、助かりました」

 

社交辞令を交わす2人。

 

「では、先を急ごう」

 

 

 

階段を駆け上がった先には、大きく伸びた1本の枝に沿って、1艘の船が停泊していた。

帆船のような形状をしていたが、空中で浮かぶためだろうか、船の側面に羽が突き出ている。

士郎たちが船上に現れると、甲板で寝ていた船員が起き上がった。

 

「な、なんでぇ? おめえら!」

 

「船長はいるか?」

 

「寝てるぜ。 用があるなら、朝に改めて来るんだな」

 

船員はラム酒の入った瓶を、ラッパ飲みしながら答えた。

ワルドは、杖を抜きながら言う。

 

「貴族に2度同じことを言わせる気か? 僕は船長を呼べと言ったんだ」

 

「き、貴族!」

 

船員は、慌てて船長室に走っていく。

暫らくすると、寝惚け眼をこすりながら初老の男性がやって来た。

 

「何の御用ですかな?」

 

船長は胡散臭げにワルドを見つめた。

 

「女王陛下の魔法衛士隊隊長、ワルド子爵だ」

 

その答えに、船長は目を丸くする。

相手が身分の高い貴族だと知ってか、急に言葉遣いが丁寧になった。

 

「これはこれは。 して、当船へどういったご用向きで……」

 

「アルビオンへ、今すぐ出向してもらいたい」

 

「無茶を!」

 

「勅命だ。 王室に逆らう心算か?」

 

「あなたがたが何をしにアルビオンに行くのかこっちは知ったこっちゃありませんが、朝にならないと出港できませんよ!」

 

「どうしてだ?」

 

「アルビオンが最もここ、ラ・ロシェールに近づくのは朝です! その前に出向したんでは、風石が足りませんや! 子爵様、当船が積んだ『風石』は、アルビオンへの最短距離分しかありません。 それ以上積んだら足が出ちまいますゆえ。 したがって、今は出港できません。 途中で地面に落っこちてしまいまさ」

 

「『風石』が足りない分は、僕が補う。 僕は『風』のスクウェアだ」

 

船長は暫らく考えて頷いた。

 

「……ならば結構で。 料金は弾んでもらいますよ」

 

「分かっている」

 

ワルドの言葉に、満面の笑みを浮かべる船長。

 

「出港だ! もやいを放て! 帆を打て!」

 

よく訓練された船員たちが、船長の命令で一斉に動き出した。

船を吊るしたもやい網を解き放ち、帆を張る。

戒めを解かれた船は、一瞬、空中に沈んだが、発動した『風石』の力で宙に浮かぶ。

帆と羽が風を受けて、船が動き出す。

 

「アルビオンにはいつ着く?」

 

ワルドの質問に船長が答える。

 

「明日の昼過ぎには、スカボローの港に到着しまさあ」

 

船はかなりのスピードを出しているようで、ラ・ロシェールの街の明かりがだんだんと小さくなっていった。

 

 

 

 

 

【次回、海賊に襲われる士郎たち! そのピンチをどうやってくぐり抜けるのか! 乞うご期待! 次回予告?でした。 来月はおそらく300万HITが来るでしょうから、それに合わせた企画と予告どおり第3回人気投票をやる予定です。 どうぞお楽しみに】

 


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