Fate and Zero

 

第20話 「決闘U…」

 

 

 

ラ・ロシェールで一番上等な宿、『女神の杵』亭に泊まることにした一行は、1階の酒場でくつろいでいた。

『女神の杵』亭は、貴族を相手にするだけあって、豪華なつくりをしている。

テーブルは、床と同じ1枚岩から削り出しで、ピカピカに磨き上げられていて、顔が映るぐらいだ。

しばらくして、『桟橋』へ乗船の交渉に行っていたワルドとルイズが帰ってきた。

ワルドは席に座ると、困ったように言った。

 

「アルビオンに渡る船は明後日にならないと、出ないそうだ」

 

「急ぎの任務なのに……」

 

ルイズは口を尖らせている。

 

「あたしはアルビオンに行ったことがないからわかんないけど、どうして明日は船が出ないの?」

 

キュルケの方を向いて、ワルドが答えた。

 

「明日の夜は月が重なるだろう? 『スヴェル』の月夜だ。 その翌日の朝、アルビオンが最も、ラ・ロシェールに近づく」

 

ワルドは立ち上がってテーブルに鍵の束を置く。

 

「さて、じゃあ今日はもう寝よう。 部屋を取った。 キュルケとタバサは相部屋だ。 ギーシュとシロウが相部屋。 僕とルイズは同室だ」

 

士郎は、ワルドの方を向いた。

 

「婚約者だからな。 当然だろう?」

 

ルイズがはっとして、ワルドの方を見る。

 

「そんな、ダメよ! まだ、わたしたち結婚しているわけじゃないじゃない!」

 

しかし、ワルドは首を振って、ルイズを見つめた。

 

「大事な話があるんだ。 2人きりで話したい」

 

 

 

貴族相手の宿、『女神の杵』亭で一番上等な部屋だけあって、ワルドとルイズの部屋は、かなり立派なつくりであった。

ベットは天蓋つきの大きなもので、高そうなレースの飾りがついていた。

ワルドはテーブルに座ると、ワインの栓を抜いて、杯に注ぎそれを飲み干す。

 

「君も腰をかけて1杯やらないか? ルイズ」

 

ルイズは言われたままに、テーブルについた。

ワルドがルイズの杯にワインを満たしていく。

自分の杯にも注いで、ワルドはそれを掲げた。

 

「2人に」

 

ルイズは少しうつむきながら、杯をあわせる。

カチン、と陶器のグラスが触れ合う音がした。

 

「姫殿下から預かった手紙は、きちんと持っているかい?」

 

ルイズはポケットの上から、アンリエッタから預かった封筒を押さえた。

 

いったい、どんな内容なんだろう?

そして、ウェールズから返してほしいという手紙の内容は何なのだろう?

ルイズの頭の中にはそんな疑問が浮かぶ。

それと同時に、なんとなく、それについて予想がついていた。

アンリエッタとは、幼い頃、共に過ごした仲である。

彼女がどういうときに、最後の一文を書き添えるときに見せたような表情をするのか、ルイズにはよくわかっていた。

 

考え事をしていたルイズを、興味深そうにワルドが覗きこんでいる。

ルイズは先ほどのワルドの質問に頷く。

 

「……ええ」

 

「心配なのかい? 無事にアルビオンのウェールズ皇太子から、姫殿下の手紙を取り戻せるのかどうか」

 

「そうね。 心配だわ……」

 

「大丈夫だよ。 きっと上手くいく。 なにせ、僕がついているんだから」

 

「そうね、あなたがいれば、きっと大丈夫よね。 あなたは昔から、とても頼もしかったもの。 で、大事な話って?」

 

ワルドは急に遠くを見るような目になって言った。

 

「覚えているかい? あの日の約束……。 ほら、きみのお屋敷の中庭で……」

 

「あの、池に浮かんだ小船?」

 

ワルドは頷いた。

 

「きみは、いつもご両親に怒られたあと、あそこでいじけていたな。 まるで捨てられた子猫みたいに、うずくまって……」

 

「ほんとに、もう、ヘンなことばっかり覚えているのね」

 

「そりゃ覚えているさ」

 

ワルドは笑いながら言った。

 

「きみはいっつもお姉さんと魔法の才能を比べられて、デキが悪いなんて言われていた」

 

ルイズは恥ずかしそうに俯いた。

 

「でも僕は、それはずっと間違いだと思っていた。 確かに、きみは不器用で、失敗ばかりしていたけど……」

 

「意地悪ね」

 

ルイズは頬を膨らませる。

 

「違うんだルイズ。 きみは失敗ばかりしていたけれど、誰にもないオーラを放っていた。 魅力といってもいい。 それは、きみが、他人にはない特別な力を持っているからさ。 僕だって並のメイジじゃない。 だからそれがわかる」

 

「!!!」

 

「例えば、そう、君の使い魔……」

 

「シロウのこと?」

 

「そうだ。 彼が武器をつかんだときに、左手に浮かび上がったルーン……。 あれは、ただのルーンじゃない。 伝説の使い魔の印さ」

 

「……伝説の使い魔の印?」

 

「そうさ。 あれは『ガンダールヴ』の印だ。 始祖ブリミルが用いたという、伝説の使い魔さ」

 

ワルドの目が鋭く光る。

 

「うそ!」

 

(だったら、やっぱりシロウの言ってた通り、わたしの系統は『虚無』の可能性が高いってこと?)

 

「本当だ。 誰もが持てる使い魔じゃない。 君はそれだけの力を持ったメイジなんだよ」

 

「……」

 

ルイズは、半信半疑だった召喚されたときの士郎の推理が、当たっている可能性が高くなったのを感じた。

 

「きみは偉大なメイジになるだろう。 そう、始祖ブリミルのように、歴史に名を残すような、すばらしいメイジになるに違いない。 僕はそう予感している」

 

ワルドは熱いまなざしで、ルイズを見つめた。

 

「任務が終わったら、僕と結婚しようルイズ」

 

「え……」

 

いきなりのプロポーズに、ルイズははっとした顔になった。

 

「僕は魔法衛士隊の隊長で終わるつもりはない。 いずれは、国を……、このハルケギニアを動かすような貴族になりたいと思っている」

 

「で、でも」

 

「でも、なんだい?」

 

「わ、わたし……。 まだ……」

 

「もう、子供じゃない。 君は16だ。 自分のことは自分で決められる年齢だし、父上だって許してくださっている。 確かに……」

 

ワルドは、そこで一度言葉を切った。

それから、再び顔を上げると、ルイズに顔を近づける。

 

「確かに、ずっとほったらかしだったことは謝るよ。 婚約者だなんて、言えた義理じゃないこともわかっている。 でもルイズ、僕にはきみが必要なんだ」

 

「ワルド……」

 

ルイズは考えた。

なぜか、士郎のことが頭に浮かぶ。

ワルドと結婚しても、自分の使い魔として士郎を置いておくのかだろうか?

なぜか、それはできないような気がした。

これが、普通の使い魔だったら悩まなかったに違いない。

もし、士郎をほっぽりだしたら、どうなるのだろう?

キュルケか……、厨房でよく喋っているメイドなどが、世話を焼くのかもしれない。

 

(そんなの、やだ)

 

少女の我が侭さと独占欲で、ルイズはそう思った。

士郎は……………、他の誰でもない、自分の使い魔なのだ。

 

ルイズは顔を上げ、ワルドを見る。

 

「でも……、でも……」

 

「でも?」

 

「あの、その、わたしまだ、あなたに釣り合うような立派なメイジじゃないし……、もっともっと修行して……」

 

ルイズは俯いた。

俯いて、続けた。

 

「あのねワルド。 小さい頃、わたし思ったの。 いつか、皆に認めてもらいたいって。 立派な魔法使いになって、父上と母上に褒めてもらうんだって」

 

ルイズは顔を上げて、ワルドを真っ直ぐ見つめた。

 

「まだ、わたし、それができていない」

 

「きみの心の中には、誰かが住み始めたみたいだね」

 

「そんなことないの! そんなことないのよ!」

 

ルイズは慌てて否定した。

 

「いいさ、僕にはわかる。 わかった。 取り消そう。 今、返事をくれとは言わないよ。 でも、この旅が終わったら、きみの気持ちは、僕にかたむくはずさ」

 

ルイズは頷いた。

 

「それじゃあ、もう寝ようか。 疲れただろう」

 

それからワルドはルイズに近づいて、唇を合わせようとした。

ルイズの体が一瞬、こわばる。

それから、すっとワルドを押し戻した。

 

「ルイズ?」

 

「ごめん、でも、なんか、その……」

 

ルイズはモジモジとして、ワルドを見つめた。

ワルドは苦笑いを浮かべて、首を振った。

 

「急がないよ。 僕は」

 

ルイズは再び、頷いた。

 

優しくて、凛々しい、憧れであったワルド。

ずっと憧れていたのに……………、結婚してくれと言われて、嬉しくなかったわけじゃなかったのに……………、でも、何かがルイズの心にひっかかる。

そして、ひっかかった何かが、ルイズの心を前に歩かせなかった。

 

 

 

離れた場所から、ルイズたちの部屋の様子を窓越しに見ていた士郎。

少し距離があったが、強化された士郎の瞳はルイズとワルドの唇を正確に読み取っていた。

 

(やっぱり、あのワルドって奴、要注意だな)

 

『ガンダールヴ』の印のことを知っていた。

と言うことは確実にフーケと取調べか何かで接触を持って、調べたと言うことだ。

だからこそ、最初に会ったときの発言はおかしかった。

それと、ワルドはルイズの能力を利用しようとしている節がある。

 

(………これは、ほんとに気が抜けないな………)

 

士郎は空を見上げた。

星がそんな苦労を知らずに輝いていた。

 

 

 

翌日、士郎が部屋で目を覚ましてから少しして、扉がノックされた。

ギーシュはまだベットでぐっすりと寝ていたので、士郎が扉を開ける。

そこには、羽帽子をかぶったワルドがいた。

 

「おはよう、使い魔くん」

 

「おはようございます……」

 

名前で呼ばれなかったためか、士郎はムスッとした声で答える。

 

「きみは伝説の使い魔『ガンダールヴ』なんだろう?」

 

「なんですか? そのガンダールヴって?」

 

知っていて、あえてとぼける士郎。

 

「そうか、ルイズがグリフォンの上で言ってたが、きみは異世界から来たんだったね。 『ガンダールヴ』と言うのは、始祖ブリミルがしたがえていた使い魔のことさ」

 

「それが、俺ですか?」

 

「そうさ、その左手の甲にある、ルーンがガンダールヴの印さ。 僕は、歴史と兵に興味があってね。 フーケを尋問したときに、君に興味をいだき、王立図書館できみのことを調べたのさ。 その結果『ガンダールヴ』にたどり着いた」

 

「はぁ」

 

「あの『土くれ』を捕まえた腕がどれぐらいなもだか、知りたいんだ。 ちょっと手合わせ願いたい」

 

「手合わせって?」

 

「つまり、これさ」

 

ワルドは腰に差した魔法の杖を引き抜いた。

 

「決闘ですか?」

 

士郎が笑いながら答える。

 

「そのとおり」

 

ワルドも笑い返す。

 

「どこでやるんですか?」

 

「この宿は昔、アルビオンからの進行に備えるための砦だったんだよ。 中庭に練兵場があるんだ」

 

 

 

士郎とワルドはかつては貴族たちが集まり、陛下の閲兵を受けたという練兵場で、10メートルほど離れて向かい合った。

練兵場は、今では物置き場になっており、あちらこちらに樽や箱が積まれており、かつての栄華を懐かしむかのように、石で出来た旗立台に苔が生えていた。

 

「昔……、といってもきみにはわからんだろうが、かのフィリップ三世の治下には、ここでは貴族がよく決闘をしたものさ」

 

「そうなんですか……」

 

そういいながら、士郎は戦闘態勢にはいり、背中にしょっているデルフリンガーの柄に手をかける。

それと同時に、士郎の左手のルーンが光りだす。

 

「古きよき時代、王がまだ力を持ち、貴族たちがそれに従った時代……、貴族が貴族らしかった時代……、名誉と、誇りをかけて僕たち貴族は魔法を唱えあった 。 でも、実際はくだらないことで杖を抜きあったものさ。 そう、例えば女を取り合ったりね」

 

ワルドがそう言うと、物陰からルイズが現れた。

 

「ワルド、来いって言うから、来てみれば、何をする気なの?」

 

「決闘だよ。 彼の実力を、ちょっと試したくなってね。 君は介添え人さ」

 

「もう、そんなバカなことやめて。 今は、そんなことしているときじゃないでしょ?」

 

「そうだね。 でも、貴族というヤツはやっかいでね、強いか弱いか、それが気になるともう、どうにもならなくなるのさ」

 

ルイズは士郎を見る。

 

「やめなさい。 これは、命令よ?」

 

士郎は首を振り、ワルドを見つめた。

 

「なんなのよ! もう!」

 

「では、介添え人も来たことだし、始めるか」

 

ワルドは腰から、杖を引き抜くと、フェンシングの構えのように、それを前方に突き出す。

 

「いきますよ」

 

士郎がそう言うと、ワルドは薄く笑った。

 

「全力で来い!」

 

士郎はデルフリンガーを引き抜くと、ワルドに切りかかる。

士郎の斬撃をワルドは杖で受け止める。

細身の杖なのに、かなりの硬度だ。

 

ワルドは士郎の斬撃の勢いに逆らわず、そのまま後ろに飛ぶ。

 

「剣を受け止めて、腕が痺れたのは久しぶりだ」

 

「そうですか!」

 

士郎はそのまま突進し、ワルドとの距離を詰めようとする。

接近戦になれば不利になるのを悟ったのか、ワルドは杖を突き出し、牽制をはかる。

そのスピードは士郎に劣るものではなかった。

突き出された杖を士郎は切り払うと、後ろに飛ぶ。

 

「速いですね」

 

士郎は、ワルドがギーシュとは比べ物にならないほどの使い手だと認識した。

 

「魔法衛士隊のメイジは、ただ呪文を唱えるわけじゃいけないんでね。 詠唱さえ、戦闘に特化されている。 杖を構える仕草、突き出す動作……、杖を剣のように扱いつつ詠唱を完成させる。 軍人の基本中の基本さ」

 

士郎は再びワルドに突進をかける。

ワルドは素早く呪文の詠唱に入り、士郎に魔法を放つ。

 

風の刃が士郎に襲い掛かるが、士郎はそれを地に這うように走りながらかわす。

ワルドは冷静に下に杖を突き出す。

士郎は、ワルドの杖が当たろうかというとき、デルフリンガーを地面に突き刺し急停止する。

一方、ワルドは士郎が急停止したことにより、杖を外し隙を作り出してしまう。

士郎は走ってきた勢いを、蹴りにそのまま変えて、ワルドを蹴り飛ばす。

 

ドカン

 

蹴り飛ばされた、ワルドは積んであった空き箱に突っ込み大きな音を立てる。

 

「ワルド!」

 

その様子を見たルイズは悲鳴を上げる。

士郎は戦闘態勢をとかず、瓦礫の山を見つめる。

 

「あいたた、大丈夫だよルイズ」

 

埃をはたきながら、ワルドは瓦礫の山から出てくる。

 

「さて、続きといこうか?」

 

そう言うワルドに対し、士郎は告げる。

 

「いえ、終わりです」

 

「な!」

 

それと同時に、後頭部に痛みを感じる。

士郎の手に短剣が握られているのを見て、ワルドの意識が途絶える。

 

 

 

 

 

【決闘の結果はやはり、士郎の勝ちでした! 分かる人には、どうやって士郎が勝ったのか分かると思います。 長引かせずにかつ、士郎の手の内をワルドに明かさないように戦った結果でした。 夏休みの影響か、8月はカウンターがそれほど回らなかったが、9月に入ってからは10000以上のアクセスで嬉しい限りです。 では、又今月中に会えると思うので、お楽しみに!】

 


<< BACK   NEXT >>


戻る