Fate and Zero

 

第19話 「街道…」

 

 

 

港町ラ・ロシェールは、トリステインから離れること早馬で2日、アルビオンへの玄関口になっており、港町でありながら、狭い谷の間の山道に設けられた、小さな町である。

人口はおよそ300ほどだが、アルビオンと行き来する人々で、常に10倍以上の人が街を闊歩している。

狭い山道を挟むようにしてそり立つがけの一枚岩に宿屋や商店が並んでいた。

並ぶ一軒一軒が、同じ岩から削りだされたものであることが近づくとわかる。

『土』系統のメイジが作り出したものだ。

現在、士郎達はこのラ・ロシェールへ向かって移動していた。

 

 

 

魔法学院から出て以来、ワルドはグリフォンを疾駆させっぱなしであった。

士郎達は途中で2度ほど馬を替えたのだが、ワルドのグリフォンは疲れを見せずに走り続けていた。

 

「ちょっと、ペースが速くない?」

 

抱かれるような格好で、ワイドの前に跨っているルイズが言った。

雑談を交わすうちに、ルイズの喋り方が昔の丁寧な言い方から、今の口調に変わっていた。

ワルドがそうしてくれと頼んだ所為もある。

 

「ギーシュやシロウが、疲れているわ」

 

ギーシュは確かに半ば倒れるように馬にしがみついていて、今度は馬より先に参ってしまいそうだった。

そして士郎の方も、なれない乗馬のせいか、少し顔に疲れが見える。

 

「ラ・ロシェールの港町まで、止まらずに行きたいんだが……」

 

「無理よ。 普通は馬で2日かかる距離なのよ」

 

「へばったら、置いていけばいい」

 

「そういうわけにはいかないわ」

 

「どうして?」

 

ルイズは、困ったように言った。

 

「だって、仲間じゃない。 それに……、使い魔を置いていくなんて、メイジのすることじゃないわ」

 

「やけにあの2人の肩を持つね。 どちらかがきみの恋人かい?」

 

ワルドは笑いながら言った。

 

「こ、恋人なんかじゃないわ!」

 

ルイズは顔を真っ赤にしながら言った。

 

「そうか。 ならよかった。 婚約者に恋人がいるなんて聞いたら、ショックで死んでしまうからね」

 

そう言いながらも、ワルドの顔は笑っていた。

 

「お、親が決めたことじゃない」

 

「おや? ルイズ! 僕の小さなルイズ! きみは僕のことが嫌いになったのかい?」

 

おどけた口調でワルドは言う。

 

「もう、小さくないもの。 失礼ね」

 

ルイズは頬を膨らませる。

 

「僕にとっては未だ小さな女の子だよ」

 

ルイズにとってワルドは幼い頃の憧れの人だった。

 

「嫌いなわけないじゃない」

 

少し照れた表情のルイズ。

 

「よかった。 じゃあ、好きなんだね?」

 

ワルドは、手綱を握った手で、ルイズの肩を抱いた。

 

「僕はずっときみのことを忘れずにいたんだよ。 覚えているかい? 僕の父がランスの戦で戦死して……」

 

ルイズは頷いた。

ワルドは思い出すようにして、ゆっくりと語りだした。

 

「母はとうに死んでいたから、爵位と領地を相続してすぐ、僕は街に出た。 立派な貴族になりたくてね。 陛下は戦死した父のことをよく覚えていてくれた。 だからすぐに魔法衛士隊に入隊できた。 最初は見習いでね、苦労したよ」

 

「ほとんど、ワルドの領地には帰ってこなかったものね」

 

「軍務が忙しくてね、未だに屋敷と領地は執事のジャン爺に任せっぱなしさ。 僕は一所懸命、奉公したよ。 おかげで出世した。 なにせ、家を出るときに決めたからね」

 

「なにを?」

 

「立派な貴族になって、君を迎えに行くってね」

 

ワルドは笑いながら言った。

 

「冗談でしょ。 ワルド、あなた、もてるでしょ? なにも、わたしみたいにちっぽけな婚約者なんか相手にしなくても……」

 

ルイズにとってワルドは現実の婚約者というより、遠い思い出の中の憧れの人だった。

婚約のことも、とうに反故になったと思っていた。

戯れに、2人の父が交わした口約束……、ルイズにとってその程度の認識だった。

 

「旅はいい機会だ。 いっしょに旅を続ければ、またあの懐かしい気持ちになるさ」

 

ルイズは思う。

 

(わたしはワルドのことをすきなのだろうか?)

 

確かに嫌いではない、憧れていた。

それは間違いないなかった。

しかし、それはもう昔の思い出の中のことだ。

いきなり婚約者、結婚などと言われても、どうすれば良いのかがルイズ自身わからなかった。

長く離れていただけに、その思いは大きい。

ふと、ルイズは後ろを向いた。

そこには、馬に乗る士郎の姿が見えた。

その姿に、なぜかルイズの心はざわめいた。

 

 

 

「もう半日以上、走りっぱなしだ。 どうなっているんだ? 魔法衛士隊の連中は化け物か?」

 

ぐったりと馬に体を預けたギーシュが、隣のシロウに声をかける。

 

「さあな?」

 

(さて、今のところは何も無いな)

 

士郎は、前のワルドに注意を払っていた。

今朝の出来事で、少なくともこの任務が終わるまではワルドのことを信用しないようにした。

 

(いざとなったら……)

 

士郎の瞳に、鋭い光がやどる。

 

!!

 

(何処かから見られているのか?)

 

士郎は自分たちを見つめる視線を感じた。

 

(アルビオンの関係者か?)

 

士郎は気がついたことをさとられぬ様、自然に振舞う。

 

(……様子をみるか……)

 

かなり距離があるらしくはっきりとしたことがわからないが、おそらく監視されているだろうと見当をつける士郎。

 

 

 

馬を何度も替え、飛ばしてきたので、士郎たちはその日の夜中にラ・ロシェールの入り口についた。

街道沿いに、岩をうがって造られた建物が並んで見える。

不意に、士郎たちの跨った馬目掛けて、崖の上から松明が何本も投げつけられた。

松明は赤々と燃え、士郎たちが馬を進める道を照らす。

 

「な、なんだ!」

 

いきなりの事に、ギーシュは驚きの声を上げる。

それと同時に松明の炎に驚いた、馬は前足を大きく上げる。

その拍子に士郎とギーシュは馬から落ちる。

士郎は何事も無かったかのように地面に着地するが、ギーシュは突然の事に対処できず、地面とキスする事になる。

そこを狙ったかのように、何本もの矢が夜風を裂いて飛んでくる。

 

「奇襲だ!」

 

ギーシュが喚く。

 

スカッと軽い音を立てて、矢が地面に突き刺さる。

士郎とギーシュを目掛けて無数の矢が飛んでくる。

 

「わっ!」

 

士郎は背中にしょったデルフリンガーを抜き放ち、せまる矢を叩き落す。

だがすぐに第2射が飛んでくる。

 

「ギーシュ! ワルキューレで自分に飛んでくる矢は防げ!」

 

そう言うと、士郎は前に駆け出し矢をかわす。

ギーシュは士郎の言葉に頷き、すぐさま自分の目の前にワルキューレを2体ほど出現させる。

ギーシュに向かった矢は、ワルキューレに当たるとカキンと音を立てて地面に落ちる。

 

「相棒、寂しかったぜ……、鞘に入れっぱなしとはひでえや」

 

「あ〜、話は後にしてくれ」

 

士郎は崖の上を見るが、今度は矢が飛んでこない。

 

「盗賊か、夜盗の類か?」

 

ワルドが呟く。

ルイズがはっとした表情で言った。

 

「もしかしたら、アルビオン貴族の仕業かも……」

 

「貴族なら弓を使わんだろう」

 

「貴族に雇われた傭兵の可能性は?」

 

「無くはないが、それでもメイジの1人はつくはずだ」

 

その時、上空でばっさばっさと、羽音が聞こえた。

士郎とルイズは顔を見合わせる。

その羽音に聞き覚えがあったからだ。

崖の上から男たちの悲鳴が聞こえてくる。

おそらく、いきなり頭上に現れたものに驚いたのだろう。

男たちは上空の羽音がする方向を目掛けて矢を放ったが、その矢は風の魔法で軌道をそらされる。

次に小型の竜巻が舞い起こり、崖の上の男たちを吹き飛ばす。

 

「おや『風』の呪文じゃないか」

 

弓を射っていた男たちは、そのまま崖から転げ落ちてきて、硬い地面に打ちつけたれて、うめき声を上げる。

月をバックに、見慣れた幻獣が姿を見せる。

それを見たルイズは驚きの声を上げる。

 

「シルフィード!」

 

確かにそれはタバサの風竜であった。

地面に降り立つと、赤い髪の少女が風竜から飛び降りる。

 

「お待たせ」

 

ルイズがグリフォンから飛び降りて、キュルケに怒鳴りつける。

 

「お待たせじゃないわよッ! なにしにきたのよ!」

 

「助けにきてあげたんじゃないの。 朝方、窓から見てたらあんたたちが馬に乗って出かけようとするもんだから、急いでタバサを叩き起こして後をつけたのよ」

 

キュルケは風竜の上のタバサを指差す。

寝込みを叩き起こされたらしく、パジャマ姿であった。

しかし、タバサは気にした風もなく、本を読んでいる。

 

(何処かから見られている感じはしていたんだが、あれはキュルケたちか……)

 

アルビオン貴族の監視がついているのか気を張っていたのだが、士郎の取り越し苦労だったようだ。

 

「ツェルプストー。 あのねえ、これはお忍びなのよ?」

 

「お忍び? だったら、そう言いなさいよ。 言ってくれなきゃわからないじゃない。 とにかく、感謝しなさいよね。 あなたたちを襲った連中を、捕まえたんだから」

 

キュルケは倒れた男たちを指差した。

怪我をして動けない男たちは口々に罵声をルイズたちに浴びせる。

ギーシュは動けない男たちに近づくと、尋問を始めた。

 

「勘違いしないで。 あなたを助けに来たわけじゃないのね。 ねえ?」

 

キュルケは、グリフォンに跨るワルドににじり寄った。

 

「おひげが素敵よ。 あなた、情熱はご存知?」

 

ワルドは、ちらっとキュルケを見て、左手で押しやった。

 

「あらん?」

 

「助けは嬉しいが、これ以上近づかないでくれたまえ」

 

「なんで? どうして? あたしが好きって言ってるのに!」

 

キュルケにとって、こんな冷たい態度を男に取られたことは今までなかった。

どんな男も、キュルケに言い寄られた場合、どこかに動揺の色を見せたが、ワルドにはそれがない。

キュルケは、ワルドを見つめた。

 

「婚約者が誤解するといけないのでね」

 

そう言って、ルイズを見つめるワルド。

 

「なあに? あんたの婚約者だったの?」

 

キュルケはつまらなそうに言い、ワルドはそれに頷く。

ルイズは、困ったようにモジモジし始めた。

キュルケは再びワルドを見る。

遠目では気がつかなかったが、目が氷のように冷たい。

 

(なにこいつ、つまんない)

 

すると、キュルケは士郎に声をかける。

 

「ほんとはね。 ダーリンが心配だったからよ!」

 

「嘘だろ。 どうせ面白そうだからついてきたって所だな」

 

「正解」

 

今まで静かに本を読んでいたタバサが口を挟む。

 

「そ、それもあるけど……、でも、ダーリンが心配だったいうのは、ほんとよ!」

 

その時、男たちを尋問していたギーシュが戻ってきた。

 

「子爵、あいつらはただの物取りだ、と言っています」

 

「ふむ……、なら捨てて置こう」

 

ワルドはルイズを抱きかかえると、ひらりとグリフォンに跨る。

 

「今日はラ・ロシェールに一泊して、朝一番の便でアルビオンに渡ろう」

 

ワルドは一行にそう告げた。

道向こうに、両脇を峡谷で挟まれた、ラ・ロシェールの街の明かりが輝いていた。

 

 

 

 

 

【次回、ワルドと対決? どうする士郎君!】

 


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