Fate and Zero
第15話 「歓迎式典…」
教室の席に着いて、シロウの事について考えていた。
異世界から来た、自分の使い魔。
自分たちとは異なる魔法(シロウが言うには魔術)を使い、執事としてもやっていけるほどの家事全般を得意としている。
私より年齢は2つ上で、とても大人びて見える。
キュルケたち複数の女子に言い寄られているが、いまいち色恋沙汰に疎いらしく、積極的にアプローチしているキュルケの事さえ、からかわれているとしか思っていないらしい。
この頃、よく図書館で調べ物をしているらしく、午前中はそこに居ることが多い。
「何してるの? ルイズ」
考え事をしている所に突然声をかけられた。
私は声のした後ろへ振り向く。
「何、キュルケ? ただの考え事よ」
「そう」
私の言葉に、興味をなくしたのかキュルケは離れて自分の席に座った。
それと同時に、教室のドアがガラッと開き、ミスタ・ギトーが現れた。
長い黒髪に、漆黒のマントをまとった姿はなんとなく不気味だ。
その不気味さと詰めたい雰囲気のせいか、生徒たちから人気はない。
「では授業を始める。 知ってのとおり、私の二つ名は『疾風』。 疾風のギトーだ」
教室のしーんとした様子を満足げに見つめ、そのまま言葉を続ける。
「最強の系統は知っているかね? ミス・ツェルプストー」
「『虚無』じゃないんですか?」
「伝説の話をしているわけではない。 現実的な答えを聞いているんだ」
いちいち引っかかる言い方だ。
でも、私の系統は『虚無』らしいと言う事は分かっているのだが、どんな呪文があるのかまったく知らないので使えず、現実的とは言えない。
「『火』に決まっていますわ。 ミスタ・ギトー」
キュルケが不敵な笑みを浮かべて言い放った。
「ほほう。 どうしてそう思うのかね」
「すべてを燃やしつくせるのは、炎と情熱。 そうじゃございませんこと?」
「残念ながらそうではない」
ミスタ・ギトーは腰に差した杖を引き抜くと、言い放った。
「試しに、この私にきみの得意な『火』の魔法をぶつけてきたまえ」
キュルケはぎょっとする。
「どうしたね? 君は確か、『火』系統が得意なのではなかったのかね?」
キュルケを挑発するような言葉だった。
「火傷じゃすみませんわよ?」
「かまわん。 本気できたまえ。 その、有名なツェルプストー家の赤毛が飾りでないならね」
その言葉に、キュルケの顔からいつもの小ばかにしたような笑みが消える。
胸の谷間から杖を取り出すと、炎のような赤毛が、ぶわっと熱したようにざわめき、逆立った。
杖を振るうと、キュルケの右手の上に、小さな炎の玉が現れる。 呪文を詠唱すると、その玉は膨れ上がり直径一メートルほどの大きさになる。
それを見て、近くの生徒たちは慌てて机の下に隠れる。
キュルケは手首を回転させた後、右手を胸元にひきつけて、炎の玉を押し出した。
唸りをあげて飛んでくる炎の玉を避ける仕草も見せずに、ミスタ・ギトーは腰に差した杖を引き抜いた。
そのまま剣を振るうようにしてなぎ払うと、同時に烈風が舞い上がる。
一瞬にして炎の玉は消え、その向こうにいたキュルケを吹き飛ばした。
「諸君、『風』が最強たる所以を教えよう。 簡単だ。 『風』はすべてを薙ぎ払う。 『火』も、『水』も、『土』も、風の前ではたつことすらできない。残念ながら試したことはないが、『虚無』さえ吹き飛ばすだろう。 それが『風』だ」
キュルケは立ち上がると、不満そうに両手をあげた。
それを気にした様子もなく、さらに説明が続いた。
「目に見えぬ『風』は、見えずとも諸君らを守る盾となり、必要とあらば敵を吹き飛ばす矛となるだろう。 そしてもう一つ、『風』が最強たる所以は……。 ユビキタス・デル・ウィンデ……」
ミスタ・ギトーは杖を立てて、呪文を詠唱し始める。
いきなり教室のドアがガラッと開き、緊張した顔のミスタ・コルベールが現れた。
頭に馬鹿でかい、ロールした金髪のカツラをのせて、ローブの胸にはレースの飾りやら、刺繍やらが踊っている。
どうやら、めかしこんでいる様だ。
「ミスタ?」
「あややや、ミスタ・ギトー! 失礼しますぞ!」
「授業中です」
「おっほん。 今日の授業は中止であります!」
その言葉に、教室中から歓声が上がる。
「えー、皆さんにお知らせですぞ」
もったいぶった調子で、ミスタ・コルベールはのぞけった。
その拍子に、頭に乗っけた馬鹿でかいカツラがとれて、床に落ちた。
教室中にクスクスと笑い声が聞こえる。
ミスタ・ギトーの所為で、重苦しかった教室の雰囲気が一気にほぐれた。
一番前に座ったタバサが、ミスタ・コルベールの頭に指差して、ぽつんと呟いた。
「滑りやすい」
今度は、教室が爆笑に包まれる。
キュルケが笑いながらタバサの肩に手をぽんぽんと叩いて言った。
「あなた、たまに口を開くと、言うわね」
ミスタ・コルベールは顔を真っ赤にさせながら、大きな声で怒鳴った。
「黙りなさい! ええい! 黙りなさいこわっぱどもが! 大口を開けて下品に笑うとはまったく貴族にあるまじき行い! 貴族はおかしいときは下を向いてこっそりと笑うものですぞ! これでは王室に教育の成果が疑われる!」
凄まじい剣幕に、教室が静かになる。
「えーおほん。 皆さん、本日はトリステイン魔法学院にとって、よき日であります。 始祖ブリミルの降臨祭に並ぶ、めでたい日であります。 恐れ多くも、先の陛下の忘れ形見、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な一輪の花、アンリエッタ姫殿下が、本日ゲルマニアご訪問からのお帰りに、この魔法学院に立ち寄られます」
その言葉に、教室がざわめいた。
「したがって、粗相があってはいけません。 今から全力を挙げて、歓迎式典の準備を行います。 そのため本日の授業は中止。 生徒諸君は正装し、門に整列すること」
教室の皆が、緊張した面持ちで一斉に頷いた。
「諸君が立派な貴族に成長したことを、姫殿下にお見せする絶好の機会ですぞ! 覚えがよろしくなるように、しっかりと杖を磨いておきなさい! よろしいですかな!」
「ん? どうしたんだルイズ。 今日はずいぶんと早いが?」
ルイズの授業が終わるまで、まだ時間があるはずだったが、慌ててルイズが戻ってきた。
「今日は、姫殿下がここを訪問することになって、生徒全員は歓迎の準備で授業が中止になったの」
「そうか」
「シロウ、貴方も準備して」
「俺もか?」
「ええ、私の使い魔なんだから当然でしょう!」
急かすように、言ってくるルイズ。
「わかった、着替えてくる」
「何処にいくのよ?」
きょとんと、首をかしげるルイズ。
「おい、ルイズも着替えるんだろう? 俺も着替える。 一緒の部屋で着替えたいのか?」
俺の言葉を聞いて、とたんに顔を赤くするルイズ。
「な! そんなわけないじゃない! 早く、出て行きなさい!」
「わかった、わかった」
怒鳴り散らすルイズの声を聞き流し、部屋を出る。
「さて、俺も着替えるか」
「ところでシロウ?」
「なんだ? ルイズ」
戻ってくるなり、ルイズにいきなり質問をされた。
「前回、聞きそびれちゃったんだけど、その服どうしたの?」
俺の服を指差しながら、ルイズは尋ねてくる。
「ん? おかしいか?」
俺は自分の着ている服を見る。
黒を基本として所々に赤を散りばめてある、スーツだ。
「そ、そうじゃなくって。 その服、シロウの?」
「そうだけど?」
何を当たり前の事を聞いてくるんだろうか?
「だって、召喚されたとき、そんな服持ってなかったじゃない。 『投影』だって、基本的には『剣』だけなんでしょう?」
(なるほど、そういう事か。)
俺はルイズが言いたいことが、やっと分かった。
「これか、これは『倉庫』に入れてあった奴だよ」
「『倉庫』?」
「ああ、あるものを参考にして俺が作ったマジックアイテムの一種で、そこにおいてあった奴だ」
「え? シロウ。 貴方、そんなの作れるの?」
「ああ、できるぞ。 俺は結構その手のアイテムを作ったりしているし」
ん? 何でルイズ、震えているんだ?
「なんでその事、言わないのよ!」
ルイズの大声が、俺の耳に突き刺さる。
「もう、シロウの非常識振りには、呆れるわ」
ルイズがため息をつきながら、こちらを見る。
(非常識って、俺がか? あの人たちに比べればずっと可愛い方だぞ。)
(そういう奴に限って、非常識なことを平気でする事が多いんだよ)
ん? なにか幻聴が……。
「それで、その『倉庫』っていうのは、どんな効果があるの?」
「まあ、『倉庫』っていうのは、まだ試作の段階だから正式な名前じゃない。 空間から物を自由に出し入れできるのが特徴なんだが、今のところ保管できるのは無機物のみ。 それも一定以上のマジックアイテムなんかを入れると、強度的に壊れてしまうから入れられないんだ。 まだまだ改良の余地ありって奴だな」
「そうなの? じゃあ、他に持っているマジックアイテムはある?」
「試作段階だったから『倉庫』の中には、マジックアイテムの類は一つも入れてなかったし、召喚されたのが、学校の帰り道だったから身につけていなかったよ」
「そう……」
ルイズが、なにやら残念そうにうつむく。
「今度、何か作ろうか?」
「え!」
俺の言葉に、ルイズが顔を上げる。
「材料なんかを調達しないといけないけど、護符位なら割と簡単にできるぞ」
ルイズに笑いかけて話す。
「そ、そう……。 あ! もうこんな時間! 急ぐわよシロウ!」
あわててルイズは、部屋を飛び出す。
俺が、部屋から出る頃には、かなり遠くまで走っていた。
「なんでさ?」
なぜ、いきなりルイズが飛び出したのか分からなかった。
魔法学院の正門をくぐって、王女の一行が現れると、整列した生徒たちが一斉に杖を掲げた。
正門をくぐった先にある、本塔の玄関には学院長のオスマンがいた。
4頭のユニコーンに引かれた馬車が止まると、人が駆け寄り、馬車の扉までじゅうたんを敷き詰めた。
呼び出しの衛士が、緊張した声で、王女の登場を告げた。
「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおな―――――り―――――!」
しかし、扉を開いて現れたのは、灰色のローブに身を包んだ老人だった。
たしか、枢機卿のマザリーニと言う人物だったはずだ。
彼は、馬車の横に立つと、続いて出てきた女性の手を取った。
生徒の間から歓声が上がる。
すらりとした気品のある顔立ちに、薄いブルーの瞳、年の頃は大体17〜18といったところのだろう。
王女はにっこりと微笑むと、優雅に手を振った。
ルイズの方を見ると、真面目な顔をして王女を見つめていた。
しばらくして、ルイズが、はっとした顔になった。
ルイズの視線の先をたどると、見事な羽帽子をかぶり、鷲の頭と翼と前足、獅子の胴体と後ろ足を持つグリフォンに跨る、凛々しい貴族の姿があった。
ルイズはぼんやりとその貴族を見つめていた。
補足だが、式典中タバサ1人だけは、地面に座っていつも通りに本を読んでいた。
【次回、ルイズの部屋に謎の人物がやってくる!】