Fate and Zero
第9話 「土くれ…」
『土くれ』の二つ名で呼ばれて、トリステイン中の貴族を恐怖に陥れているメイジの大怪盗、土くれのフーケとは私のことだ。
私は、様々な国の貴族たちのお宝を頂戴している。
宝石が散りばめられたティアラ等の豪華な装飾品をはじめ、百年物のヴィンテージワインなど、多種多彩だ。
そして、一番の狙いどころは、強力な魔法が付与されたマジックアイテムだ。
屋敷にひそかに忍び込んだりする時もあれば、別荘ごと粉々にして盗み出したこともある。
白昼堂々と王立銀行を襲ったときもあれば、闇夜にまぎれて屋敷に進入したりもする。
それによって王立衛士隊の魔法衛士たちは、私の行動パターンを読めず、いつも振り回されている。
そして私の盗みにはどれも共通点がある。
狙った獲物があるところに忍び込むときには、主に『錬金』の魔法を使うことだ。
『錬金』の呪文で扉や壁を粘土や砂に変えるのだ。
もちろん貴族もただのバカではないので当然対策は練ってある。
殆どの貴族の屋敷の壁やドアには、強力なメイジに頼んで『固定化』の魔法をかけて守られている。
しかし、私の『錬金』は強力で大抵の『固定化』の呪文などものともせず、壁やドアをただの土くれに変える。
『土くれ』は、そんな盗みの技からつけられた、二つ名だ。
そればかりではなく、巨大なゴーレムを操り、力任せに侵入することもある。
そして、私は現場には『秘蔵の○○○、確かに頂戴しました。土くれのフーケ』というサインを残すようにしている。
世間では私の事は男かも女かもわかってはいない。
ただ、トライアングルクラスの『土』系統のメイジだろうという事が予想されているだけだ。
今回の私が狙った獲物は……
巨大な二つの月が、照らしている夜。
「さすがは魔法学院の本塔の壁ね……。 物理攻撃が弱点? こんなに厚かったら、ちょっとやそっとの魔法じゃどうしょうもないじゃないの!」
壁の厚さを測るなどということは、『土』系統のエキスパートである私からすれば簡単な事だったが……。
「確かに、『固定化』の魔法以外はかかっていないみたいだけど……。 これじゃ私のゴーレムの力でも、壊せそうにないね……」
強力な『固定化』の呪文がかかっているため、私の『錬金』の呪文でも壁に穴を開ける事ができない。
「やっとここまで来たってのに……」
歯噛みしながら、目の前の壁を見据える。
「かといって、『破壊の杖』を諦めるわけにゃあ、いけないしね……」
夜、部屋にいると突然ドアをノックする音が聞こえてきた。
「ルイズ、客が来る予定あったのか?」
「いえ、そんなはずはないけど?」
首をかしげながら、俺がドアを開ける。
「はい、どちらさ」
言い切る前に、ドアの向こうから人影が飛びついてきた。
「はい、シロウ。 こんばんわ」
抱きつかれるのを、寸前でかわすと、人影が誰なのかを確かめた。
「キュルケ!」
「何しにきてるのよ!」
入ってきたのが、キュルケと分かると、いきなり大声を出すルイズ。
「ああ、アナタには用はないわ、ツェルプストー。 あたしが、用があるのはシロウだけよ」
「うちの使い魔にいったい何のようよ!」
「別にね、アナタがシロウに、オンボロの剣しか買ってあげられなかった、って聞いたから、あたしがこの剣をシロウにプレゼントしようと思って」
そういって、鞘に入った剣を俺に手渡す。
「これって……」
「そうよ、ゲルマニアの錬金術師シュペー卿が鍛え上げた一品だそうよ」
そう自慢げに話すキュルケ。
「ねえ、シロウ。 これって昼間の剣よね?」
「ああ、そうだな」
見覚えのある剣を、俺とルイズは見つめる……。
そして俺は意を決して、キュルケに言う。
「なあ、キュルケ……。 言いにくいんだが、これ駄剣だぞ」
「え?」
自慢げにしていた、キュルケの表情が驚きに変わる。
「いやな、俺はこういう、剣なんかの類の鑑定は得意なんだ。 言っちゃ悪いけど、これそれほど良いもんじゃないぞ」
「はん、ゲルマニアの貴族ってのは物の良し悪しも分からないみたいね」
そう言って、キュルケを挑発する、ルイズ。
「何ですって!」
キュルケがルイズを睨みつける。
「何よ、どうせアナタもわかんなかったんでしょう! 本当、嫉妬深くって、気が短くって、ヒステリーで、プライドばかり高くって、トリステインの女ってどうしようもないんだから」
「へ、へんだ。 あんたなんかただの色ボケじゃない! なあに? ゲルマニアで男を漁りすぎて相手にされなくなったから、トリステインまで留学しに来たんでしょう?」
ルイズは冷たい笑みを浮かべながら、キュルケをさらに挑発する。
「言ってくれるわね。 ヴァリエール……」
キュルケの顔に明らかな怒りがみられる。
このままでは殴り合いにでも発展しそうだった。
「なによ。 ホントの事でしょう?」
その言葉と同時に、俺の心配した通りに、二人が同時に杖を手にかける。
が、キュルケの後ろで、それまで本をただ読んでいた少女が、二人よりも早く杖を振るう。
すると、部屋の中につむじ風が舞い上がり、キュルケとルイズの手から、杖を吹き飛ばした。
「室内」
少女があまりにも少ない言葉で、淡々としゃべる。
ここでやったら危険だと言いたいのだろうが、あまりにも少ない言葉だ。
「なにこの子。 さっきからいるけど」
ルイズがイライラした様子で、呟く。
「あたしの友達のタバサよ」
「なんで、あんたの友達がわたしの部屋にいるのよ」
ルイズがキュルケに向かって、文句を言う。
「いいじゃない」
慣れたくないが、こういう経験が多くあり、なんとなく今後の展開も予想できてしまった。
この様子じゃ最後にいうことは決まってる。
とりあえず、二人の事はおいておいて、タバサに話しかけることにした。
「こんばんわ」
じっと本を読んでいるタバサに話しかけるが、返事は来ない。
本のページを黙々とめくっていく。
かなり無口のようで、俺の周囲では少ないタイプの人間で、中々話しかけずらい。
(ホント、うちは口うるさい連中が多いからな……)
そう考えているうちに、二人の言い争いは終盤に入っていた。
「ねえ、ヴァリエール」
キュルケがルイズと向き合う。
「なによ」
ルイズは、キュルケの視線を真正面から受け止める。
「そろそろ、決着をつけませんこと?」
「そうね」
「あたしね、あんたのこと、だいっきらいなのよ」
「わたしもよ」
「気が合うわね」
キュルケは微笑んだ後、目を吊り上げた。
ルイズも、それに負けじと胸を張る。
そして、二人は大声で同時に怒鳴った。
「「決闘よ!」」
ほらな、話の途中から、どうせこういう事になることは目に見えていたんだからな〜。
こう、頭に血が上った女性陣には、なにを言っても無駄だというのは、経験上いやというほどわかっている。
下手に止めると、血を見ることになる。
(まったく、何処の世界でも同じなのか……。まあ、回りへの被害が出ないように立ち回るか)
しかし、使い魔という立場上、一応止めておく必要がある。
「ルイズ、やめとけよ」
しかし、ルイズとキュルケはにらみ合ったまま、お互い怒りをむき出しにしていて、こちらの声など聞こえていないようだった。
「もちろん、魔法でよ?」
キュルケが勝ち誇った様子で言う。
その言葉に、ルイズは唇をかみ締めるが、すぐに頷いた。
「ええ。 望むところよ」
「いいの? ゼロのルイズ。 魔法で決闘で、大丈夫なの?」
明らかにルイズを挑発する、キュルケ。
こう言われたら、負けず嫌いのルイズは後に引けないだろう。
「もちろんよ! 誰が負けるもんですが!」
しかし、言っちゃ悪いが、俺はルイズが勝てるとは思わなかった……。
そして、それと同時にいやな予感もした。
……なぜ、俺は塔にロープで縛られ、逆さづりにされているのだろうか……?
「おい、これはどういう事だ」
はるか地面下の、ルイズとキュルケ、そしてウィンドドラゴンに跨っているタバサにたずねる。
しかし、俺の言葉は無視されて、ルールの説明が開始された。
「いいこと? ヴェリエール。 あのロープを切って、シロウを地面に落としたほうが勝ちよ。 いいわね?」
キュルケが腕を組んでルイズに説明をする。
そして、ルイズは硬い表情で頷いた。
「わかったわ」
「使う魔法は自由。 ただし、あたしは後攻。 それぐらいはハンデよ」
「いいわ」
「じゃあどうぞ」
そう、キュルケが言うと、屋上にいるタバサが俺をつるしたロープを左右に揺らし始めた。
しかし、ルイズが実際に魔法を使うのを見るのは、俺は初めてだ。(契約したときを除けば)
どのような起動手順になっているのか、実際に確かめるいい機会だと思った。
考えている内に、ルイズは杖を構えて呪文の詠唱を開始した。
火の魔法『ファイヤーボール』呪文の詠唱が完了する。
そして、ルイズは杖を振るった。
しかし、ルイズの杖からは何も出てこない。
一瞬遅れて、俺の後ろの壁が爆発した。
爆風で俺の体は盛大に揺れる。
「こら! 殺す気か!」
先ほどの、ルイズの魔法は俺を縛っているロープを切らず、後ろの壁に大きな罅を入れるだけだった。
(しかし、ルイズの魔法は他の奴らとは明らかに違った。 4つの系統……それに明らかに属していない、その何かに干渉していた。 やっぱり、ルイズの系統は『虚無』である可能性が大きい)
考え事をしていたために、ほんの僅かの間、普段からの周囲への警戒を怠っていた。
そして、気がついた時にはもう遅かった。
「な、なによこれ!」
キュルケが大声で叫ぶ。
目の前には、巨大なゴーレムが出現していた。
そして、ゴーレムが大きく腕を振りかぶり、その拳を俺に、いや、俺の後ろの壁の罅に叩きつけようとした。
「ちぃ」
いそいで、ロープを切り脱出しようとしたとき、いきなり浮上した。
タバサがウィンドドラゴンでロープごと俺を引っ張りあげたのだ。
そして、俺はゴーレムの肩に乗っている、黒いローブをかぶった人物を確認した。
【次回、ロープを巻きつけられたままの士郎くん、いったいどうなる。 下にいたルイズとキュルケは無事なのか?】