Fate and Zero
第30話 「祈祷書…」
オスマン学院長は王宮から届けられた1冊の本をぼんやりと眺めていた。
古びた革の装丁がなされた表紙は既にボロボロで、触っただけでも破れてしまいそうな感じである。
羊皮紙のページは、色あせて茶色くくすんでいる。
学院長はその本のページを1枚1枚慎重に捲っていくが、そこに文字は見当たらない。
全部で300ページほどの本だが、その全てに何も書かれていないのだ。
「これがトリステイン王室に伝わる、『始祖の祈祷書』か……」
6000年前、始祖ブリミルが神に祈りをささげた際に読み上げた呪文が記されていると伝承に残っている本なのだが、そこにはルーンはおろか文字すら書かれていない。
「紛い物じゃないのかの?」
学院長は『始祖の祈祷書』を胡散臭そうに眺める。
この手の『伝説』の品にはよく在る偽者……その可能性を考えてしまう。
その証拠に、1冊しかない筈の『始祖の祈祷書』は、各地に存在する。
金持ちの貴族、寺院の司祭、各国の王室……、いずれも自分の『始祖の祈祷書』が本物だと主張している。
真偽は兎も角、その『始祖の祈祷書』と言うタイトルの本を集めただけで図書館が出来ると言われている位なのだ。
「しかし、紛い物にしても酷いのう……。 文字さえ書かれておらぬではないか」
学院長は各地で『始祖の祈祷書』を何度か見たことがあるのだが、それら全てはルーン文字が躍り、祈祷書の体裁を整えてあった。
しかし、トリステイン王室の『始祖の祈祷書』には、文字が1つたりとも見当たらないのだ。
普通に考えて、これが本物であると考える人物は、まず居ないだろう。
そう、学院長が思いに耽っていると、ドアがノックされ音が聞こえる。
(ふむ、秘書を雇わねばならんのう〜)
そんな事を思いながら、オスマン学院長は来室を促した。
「鍵は掛かっておらぬ。 入ってきなさい」
扉が開き、そこからルイズが入ってきた。
「わたくしをお呼びと聞きましたが……」
恐る恐る尋ねるルイズに、学院長は両手を挙げて立ち上がり、来訪者を歓迎する。
そして、改めて先日の件の労をねぎらった。
「おお、ミス・ヴァリエール。 旅の疲れは癒せたかな? 思い返すだけで辛かろう……。 だがしかし、御主達の活躍で同盟が無事締結され、トリステインの危機は去ったのじゃ」
学院長は優しい声で言葉を続ける。
「そして、来月にはゲルマニアで無事、王女とゲルマニア皇帝との結婚式が執り行われる事が決定した。 君達のおかげじゃ。 胸を張りなさい」
学院長の言葉を聞いたルイズは少し悲しくなる。
幼馴染であるアンリエッタが政治の道具として、好きでもないゲルマニアの皇帝と結婚するのだ。
それが仕方がないと分かってるとは言え、ルイズはアンリエッタの悲しそうな顔を思い出し、胸が締め付けられる様な気がした。
学院長は暫らくルイズをじっと見ていたが、思い出したように手に持っていた『始祖の祈祷書』をルイズに手渡す。
「これは?」
行き成り手渡された古めかしい本に、ルイズは首を傾げる。
「『始祖の祈祷書』じゃ」
「『始祖の祈祷書』? これが?」
ルイズの知識では『始祖の祈祷書』は王室に伝わる、伝説の書物だったと記憶していた。
そんな物を何故、オスマン学院長が持っているのか疑問に思う。
「トリステイン王室の伝統で、王族の結婚式の際には、貴族より選ばれし巫女を用意せねばならんのじゃ。 選ばれた巫女は、この『始祖の祈祷書』を手に、式の詔を詠み挙げるのが慣わしになっておる」
「はぁ……」
ルイズは、そこまで宮中の作法に詳しく無かった為、気のない返事を返してしまう。
「そして姫は、その巫女にミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ」
「姫様が?」
「その通りじゃ。 巫女は、式の前よりこの『始祖の祈祷書』を肌身離さず持ち歩き、詠みあげる詔を考えなければならぬ」
学院長の意外な言葉を聞き、ルイズは驚きの声を上げてしまう。
「えええ! 詔を私が考えるんですか?」
「そうじゃ。 もちろん、草案は宮廷の連中が推敲するじゃろうが……。 伝統と言うものは、面倒なもんじゃのう〜。 じゃがな、姫様はミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ。 これは大変に名誉な事じゃぞ。 王族の式に立会い、詔を詠みあげるなど、一生に一度あるかないかじゃからな」
ルイズは、幼い頃に同じ時を過ごしたアンリエッタが自分を巫女役に選んでくれた、その事実に気力を充実させていた。
「分かりました。 謹んで拝命いたします」
手渡された『始祖の祈祷書』を大事そうに胸に抱えるルイズを見て、学院長は笑顔を浮かべる。
「快く引き受けてくれるか。 好かった、好かった。 姫様も喜ぶじゃろうて」
士郎が夜の特訓から帰ってくると、ルイズがベットの上で何をやっているのが目に入った。
ルイズは士郎の姿を見た途端に、その何かを古ぼけた大きな本で隠した。
「? ルイズ、その本……ちょっと見せてくれないか?」
「こ、これ? これは……。 ええ、好いわよ」
ルイズはそう言うと、まずは士郎から本を隠すかのように、本と士郎の間に自分の体を割り込ませる。
そして、ゆっくりと士郎にその古ぼけた本を差し出した。
「………随分、古い本だな。 経過時間はざっと6千年か……。 内容はっと……」
士郎はそう言って、古ぼけた本のページを開くが、そこには何も書かれている様には見えず、白紙である。
「それ、『始祖の祈祷書』って言うんだけど、おかしな話何も書かれていないのよ」
ルイズの言葉が聞こえていないのか、士郎はその白紙のページをじっと見つめる。
(やっぱり……)
「ルイズ、『始祖の祈祷書』ってのは確か、始祖ブリミルが神に祈りをささげた際に読み上げた呪文が記された本って奴だよな……」
「ええ、そうよ。 よく知ってたわね」
ルイズは異世界から来た筈の士郎が、此方の世界の知識をそれほどまでに仕入れているの驚いた。
「まあ、図書館で色々と調べ物をしているからな。 ……ルイズ、これ多分、本物だ。 かなり厳重なプロテクトがしてあるから、内容までは分からないが、条件を満たせば読める様になるみたいだぞ」
「……………えええ! ホ、ホント、シロウ!」
「ああ、そうだ。 おい、デルフ。 お前、これについて何か知らないか?」
士郎は、現在の自分の剣であり、6千年前は始祖ブリミルの使い魔ガンダルーブの剣だったデルフリンガーなら何か知っているかと思い、声を掛けた。
「おお、こりゃあ懐かしいじゃねえか。 正真正銘、ブリミルの奴が書いたのだ」
デルフリンガーの保証までつけられて、ルイズは思考が停止してしまう。
「じゃあ、祈祷書を読む方法を知ってるか?」
士郎の問いに、デルフリンガーは暫く考える。
「……………わりぃ相棒、忘れちまった。 なにせ6千年も昔の事だからな……極力、思い出すようにしてみるさ。 娘っ子、それでお前さんも良いか?」
行き成り話を振られたルイズは、ようやく我に返る。
「な、なんで私にそんな事聞くのよ!」
「おいおい、これにゃあ、『虚無』の呪文について記されてんだ。 お前さんも『虚無』の使い手だろう。 コレを読めるようになりゃあ、お前さんも呪文を使えるようになるって訳さ」
デルフリンガーの言葉に、ルイズは衝撃を受ける。
「!!!」
(私が呪文を!)
「良かったな、ルイズ。 『虚無』の呪文なんて、今まで調べようが無かったからな。 これでようやく手がかりが掴めたじゃないか」
「う、うん」
ルイズは顔を真っ赤にしながら、俯いた。
その様子を、窓の外から見つめていた人物が居た。
タバサの使い魔である風竜シルフィードに乗った、お馴染みのタバサとキュルケである。
「ああ、もう! ヴァリエール! ダーリンとあんなにくっ付いた上に、顔を真っ赤にしちゃって! タバサ、何とかしてダーリン達の会話を聞けない?」
「無理。 気付かれる」
タバサは前回までの行動により、士郎の無意識による索敵範囲の広さをほぼ把握していた。
それによると、これ以上近づけば士郎の索敵範囲に入ってしまう事を理解していた。
「ああ、もう! ダーリンったら、恥ずかしがってて何時までもアタックに来ないのよね〜。 陰謀は得意じゃないんだけど、少し作戦を練ろうかしらね。 ねぇ、タバサ」
タバサは、これまで月明かりで読んでいた本を閉じると、ポツリと一言漏らす。
「嫉妬」
「なぁ! あ、あたしが嫉妬なんかするわけ無いじゃない!」
ムキになって反論するキュルケだが、タバサは容赦なく言う。
「嫉妬」
「何やってるんだ?」
士郎は、何か騒がしいと思い窓の外を見てみると、そこにはシルフィードに乗ったタバサとキュルケが、なにやら騒動を起こしている姿が目に入った。
「まったく、ホントに何をやってるんだが?」
主人公の法則として、直ぐに気が付く筈の事に、やはり全く気が付かない士郎であった……。
【今回、この世界でも有数の秘宝が登場しました! これの出現により、物語はさらに加速していきます! 次回の更新は直ぐですが、それから暫く間が開くと思いますが、ご了承下さい】