Fate and Zero
第17話 「任務…」
「わたくしは、ゲルマニアの皇帝に嫁ぐことになったのですが……」
「ゲルマニアですって!」
ゲルマニアが嫌いなルイズは、驚きの声をあげる。
「あんな野蛮な成り上がりどもの国に!」
「そうよ。 でも、しかたがないの。 同盟を結ぶためなのですから」
アンリエッタ王女は、現在のハルケギニアの政治情報を説明した。
「現在、アルビオンでは貴族たちが王室に対して反乱を起こしているのです。 その兵力はおよそ5万ほどだと聞きますわ。 それに対し、王室の兵力は3百程度、もう戦の勝敗は決定したに等しいのです。 おそらくその反乱軍はアルビオン王室を倒したのならば、すぐにでも我々トリステイン王国に侵攻してくるでしょう。 それに対し、トリステインが独力だけで対抗するのは無理があります。 だから、ゲルマニアと同盟を結びそれに対抗することが決まったのです。 そして、ゲルマニアが同盟を結ぶ条件として提示してきたのは、わたくしとの婚姻なのです」
「そうだったんですか……」
ルイズは沈んだ声で言った。
「いいのよ。 ルイズ、好きな人との結婚なんて、物心がついたときから諦めていますわ」
「姫さま……」
「礼儀知らずのアルビオンの貴族たちは、トリステインとゲルマニアの同盟を望んでいません。 二本の矢も、束ねずに1本ずつなら楽に折れますからね」
アンリエッタ王女は、呟いた。
「……したがって、わたくしの婚姻を妨げるための材料を、血眼になって探しています」
「もし、そのようなものが見つかったら……」
同盟を結ぶための婚姻らしいが、よそ者の俺がその事に口を挟めるはずもなく、黙った話を聞いていった。
(しかし、コレはいやな予感が的中しそうだな)
「もしかして、姫さまの婚姻を妨げるような材料が?」
ルイズが顔を蒼白にして尋ねると、アンリエッタ王女は悲しそうに頷いた。
「おお、始祖ブリミルよ……、この不幸な姫をお救いください……」
アンリエッタ王女は、顔を両手で覆うと、床に崩れ落ちた。
その芝居がかった仕草に、俺は少し呆れた。
(なんだかな……)
「言って! 姫様! いったい、姫様のご婚姻をさまたげる材料ってなんなのですか?」
ルイズはそんな仕草を気にせず、興奮した様子でまくしたてる。
両手を覆ったまま、アンリエッタ王女は苦しそうに呟いた。
「……わたくしが以前したためた一通の手紙なのです」
「手紙?」
「そうです。 それがアルビオンの貴族たちの手に渡ったら……、彼らはすぐにゲルマニアの皇室にそれを届けるでしょう」
「どんな内容の手紙なんですか?」
「……それは言えません。 でも、それを読んだら、ゲルマニアの皇室は……、このわたくしを許さないでしょう。 ああ、婚姻はつぶれ、トリステインとの同盟は反故。 となると、トリステインは一国にてあの強力なアルビオンに立ち向かわなければならないでしょうね」
ルイズは、アンリエッタ王女の手を握り締める。
「いったい、その手紙はどこにあるのですか? トリステインに危機をもたらす、その手紙とやらは!」
ルイズは興奮した声を上げながら、アンリエッタ王女に問う。
「それが、手元にはないのです。 実はアルビオンにあるのです」
「アルビオンですって! では! すでに敵の手中に?」
「いえ……、その手紙を持っているのは、アルビオンの反乱勢ではありません。 反乱勢と骨肉の争いを繰り広げている、王家のウェールズ皇太子が……」
「プリンス・オブ・ウェールズ? おの、凛々しい王子さまが?」
アンリエッタ王女はのぞけると、ベットに体を横たえる。
「ああ! 破滅です! ウェールズ皇太子は、遅かれ早かれ、反乱勢に囚われてしまうわ! そうしたら、あの手紙も明るみに出てしまう! そうなったら破滅です! 破滅なのですわ! 同盟ならずして、トリステインは一国でアルビオンと対峙せねばならなくなります!」
ルイズは息を飲む。
「では、姫さま、わたしに頼みたということは……」
「無理よ! 無理よルイズ! わたくしったら、なんてことでしょう! 混乱しているんだわ! 考えてみれば、貴族と王党派が争いを繰り広げているアルビオンに赴くなんて危険なこと、頼めるわけがありませんわ!」
「何をおっしゃいます! たとえ地獄の釜の中だろうが、竜のアギトの中だろうが、姫さまの御為とあらば、いずこなりとも向かいますわ! 姫さまとトリステインの危機を、このラ・ヴァリエール公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズ、見過ごすわけにはまいりません!」
(は〜、なんと言うか……、ノリがいいなこの2人。 類友ってやつか)
「『土くれ』のフーケを捕まえた、このわたくしめに、その一件、是非ともお任せくださいますよう」
ここは突っ込むべきなのか、俺は迷ってしまった。
(やっぱり、巻き込まれたか……。 なんか嫌な予感はしていたんだよ……)
心の中で、大きなため息をつく。
「このわたくしの力になってくれるというの? ルイズ・フランソワーズ! 懐かしいおともだち!」
「もちろんですわ! 姫さま!」
再びルイズがアンリエッタ王女の手を握って、熱した口調で語ると、彼女はボロボロと泣き始めた。
「姫さま! このルイズ、いつまでも姫さまのおともだちであり、まったき理解者でございます! 永久に誓った忠誠を、忘れることなどありましょうか!」
「ああ、忠誠。 これが誠の友情と忠誠です! 感激しました。 わたくし、あなたとの友情を忠誠を一生忘れません! ルイズ・フランソワーズ!」
たぶん、自分たちの言葉に酔っているような、そんな二人のやりとりを呆れながら見入っていた。
コレが、貴族と姫の友情と忠誠というものなのだろうか?
(ん〜〜、わからん)
貴族や姫と呼ばれているの知り合いは幾人かいるが、こんな風にやり取りしているのは見たことがなかった。
「ああ、ルイズ。 久々に友情を確認しているところ悪いが、ちょっといいか?」
「なによ」
「当然、おれもついて行くんだよな」
「当たり前よ!」
(そりゃそうだな。 まあ、ルイズ一人じゃ危なくて行かせられないしな)
「アルビオンに赴きウェールズ皇太子を探して、手紙を取り戻してくればよいのですね? 姫さま」
「ええ、そのとおりです。 『土くれ』のフーケを捕まえたあなたたちなら、きっとこの困難な任務をやり遂げてくれると思います」
「一命にかけても。 急ぎの任務なのですか?」
「アルビオンの貴族たちは、王党派を国の隅っこまで追い詰めたと聞き及びます。 敗北も時間の問題でしょう」
「早速明日の朝にでも、ここを出発いたします」
アンリエッタ王女のブルーの瞳が、こちらの方を見つめてた。
「頼もしい使い魔さん」
「俺?」
「わたくしの大事なおともだちを、これからもよろしくお願いしますね」
そう言って、彼女は手の甲を上に向けて、すっと左手を差し出した。
すると同時に、ルイズから驚きの声が上がる。
「いけません! 姫さま! そんな、使い魔にお手を許すなんて!」
「いいのですよ。 この方はわたくしのために働いてくださるのです。 忠誠には、報いるところがなければなりません」
「はあ……」
色々とあって、この手の事は少なからず経験していたが、こんな場面ですることになるとは思ってもみなかった。
俺は膝をつきアンリエッタ王女の左手を、自分の右手で取る。
そして、彼女の手の甲に、自分の唇をつける。
「ええ、お約束いたします。 姫さま」
そのとき、いきなりドアが開いて、誰かが飛び込んできた。
「きさまーッ! 姫殿下にーッ! なにをしているかーッ!」
飛び込んできたのは、キ○ガイもとい以前コテンパンに叩きのめしたギーシュ・ド・グラモンだった。
「何をしにきたんだ?」
「ギーシュ! あんた! 立ち聞きしていたの? 今の話を!」
しかし、俺たちの問いを答えずに、夢中になってまくし立ててくる。
「薔薇のように見目麗しい姫さまのあとをつけてみればこんな所へ……、それでドアの鍵穴からまるで盗賊のように様子をうかがえば……、平民などにお手を……」
どうでもいいが、こいつホントに貴族か?
「決闘だ! バカチンがぁあああああ!」
ギーシュが手に持った薔薇の造花を振り回しながら襲い掛かってきた。
それに合わせて、カウンターの一撃をギーシュの顔に叩き込んだ。
「あがッ!」
「決闘? この前あんな風にぼろ負けした奴が? もっと腕を上げてからにしろ」
倒れたギーシュを足で踏みつける。
「ひ、卑怯だぞ! こら! うご!」
五月蝿いので、もう少し足に体重をかける。
「で、どうしますか? こいつ、姫さまの話を立ち聞きしていましたけど。 とりあえず口を封じますか?」
この手のやからは、手加減しないようにしている。
でなければ、際限なくつけ上がるのは、経験上身にしみていた。
(こいつ、あいつらと同じ人種だしな)
「そうね……、今の話を聞かれたのは、まずいわね……」
俺の下で、ギーシュが喚く。
「姫殿下! その困難な任務、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンに仰せ付けますよう」
「え? あなたが?」
「お前はだまれ」
さらに足に体重をかけようとした時。
「ぼくも仲間に入れてくれ!」
「どうしてだ?」
床に踏みつけられている、ギーシュの顔が赤くなる。
「姫殿下のお役に立ちたいのです……」
そんな事を言うギーシュに、俺は小声で話しかける。
「おい、もしかして姫さまに惚れたのか?」
女好きらしいギーシュの動機として最も考えられる可能性を聞いてみた。
「失礼なことを言うもんじゃない。 ぼくは、ただただ、姫殿下のお役に立ちたいだけだ」
そんな事を言うが、姫殿下を見るたびに顔を赤くし、熱っぽい視線を送っている時点で惚れているのがバレバレなのだが……。
「お前、彼女がいなかったか?」
「う、うるさい!」
むきになって反論するところを見ると、振られたのか。
その話題には触れないほうがいいな。
「グラモン? あの、グラモン元帥の?」
アンリエッタ王女は、きょとんとした表情でギーシュを見つめる。
「息子でございます。 姫殿下」
ギーシュは素早く立ち上がると、一礼をする。
「あなたも、わたくしの力になってくれるというの?」
「任務に一員に加えてくださるのなら、これはもう、望外の幸せにございます」
「ありがとう。 お父様も立派で勇敢な貴族ですが、あなたもその血を受け継いでいるようですね。 ではお願いしますわ。 この不幸な姫をお助け下さい、ギーシュさん」
「姫殿下がぼくの名前を呼んでくださった! 姫殿下が! トリステインの可憐な花、薔薇の微笑みの君がこのぼくに微笑んでくださった!」
ギーシュは感激のあまり、後ろにのぞけって失神してしまったようだ。
「ルイズ、こいつを連れて行って大丈夫か?」
ルイズはそんな問いを無視して、話を進める。
「では、明日の朝、アルビオンに向かって出発するといたします」
「ウェールズ皇太子は、アルビオンのニューカッスル付近に陣を構えていると聞き及びます」
「了解しました。 以前、姉たちとアルビオンを旅をしたことがございますゆえ、地理には明るいかと存じます」
「旅は危険に満ちています。 アルビオンの貴族たちは、あなた方の目的を知ったら、ありとあらゆる手を使って妨害するでしょう」
アンリエッタ王女は机に座ると、ルイズの羽ペンと羊皮紙を使って、1通の手紙をしたためた。
王女はその手紙をしばらく見つめた。
「姫さま? どうかなさいましたか?」
「な、なんでもありません」
王女は小声で何かを呟きながら、手紙に一文を付け加えた。
そして、書いた手紙を巻いて、杖を振るう。
すると、巻いた手紙に封蝋がなされ、花押が押された。
その手紙を、ルイズに手渡す。
「ウェールズ皇太子にお会いしたら、この手紙を渡してください。 すぐに件の手紙を返してくれるでしょう」
それからアンリエッタ王女は、右手の薬指から指輪を引き抜く。
「母君から頂いた『水のルビー』です。 せめてものお守りです。 お金が心配なら、売り払って旅の資金にあててください」
そして、その青き輝きのする『水のルビー』ルイズに渡す。
ルイズは『水のルビー』を受け取ると深々に頭を下げた。
「この任務にはトリステインの未来がかかっています。 母君の指輪が、アルビオンに吹く猛き風から、あなたがたを守りますように」
こうして、アルビオンに赴く事になった俺たちだった。
【次回、ルイズの関係者が登場! 士郎との対決となるか? 乞うご期待】