Fate † 無双
外伝「その名は……」前編
其処は光や音等と言ったものが何も存在しない空間。
『もう、全く気の短い人ですね■さんは』
そんな場所にありえない筈の声がする。
『ちょっとしたお茶目にこの仕打ちは無いでしょう』
それは如何な者の仕業か、其処にはボロボロのナニかが確かに存在していた。
『しかし、この状況を如何しましょうか? 私の力だけでは戻れないですし』
丁度その時、ボロボロの筈のナニかは自分以外のモノを知覚する。
『おや? あれは……。チャンスですね』
その声には確かに喜びが含まれていた。
他の者を恐れさせる喜びの声が。
キチンと整理整頓されている執務室。
そこには、まだ青年と呼ぶには早い赤髪の少年がいた。
彼は黙々と目の前に山のように積んである書簡を処理している。
「さてっと。終わった終わった」
そう言うと背筋を伸ばし一息つく。
彼の名は衛宮士郎。
現在大陸を三分する魏・呉・蜀の内、蜀の統治している人物だ。
『天の御使い』とも呼ばれ、善政を布き、民からの信奉も厚い。
「ご主人様、御疲れ様です」
そう言ったのは彼の手伝いをしていた少女。
士郎に仕える蜀の軍師で諸葛亮と呼ばれており、真名は朱里と言う。
真名とはこの世界で親しき人のみに呼ばせる名前と認識すれば大よその間違いは無い。
「朱里こそお疲れ様。おかげで思ったより早く終わったよ」
「いえいえ、これは私の仕事ですから当然です」
えっへんと朱里は小さな体で胸を張る。
「いや、いつも助かってるよ。ありがとな朱里」
朱里の頭を士郎は優しく撫でる。
「い、いえ♪ そ、そんな♪」
朱里は嬉しさを隠しきれず、照れながらも笑みを浮かべる。
「失礼します。ご主人様、今日の警邏の件に付いてなのですが」
執務室には言ってきた少女。
彼女も士郎に仕える武将で、関羽。真名を愛紗と言う。
「ああ愛紗、政務の方は片付いたから行くよ」
「そうですか。では私は鈴々と行きますので、ご主人様は星とお願いします」
愛紗の言った鈴々と星も愛紗と同じく士郎に仕える蜀の武将で、一騎当千の兵で民からは張飛、趙雲と呼ばれている。
「分かった。星に片付けなんかがあるから、少し待って居てくれって伝えてくれ」
「分かりました。確かに伝えておきます」
愛紗はそう言うと一礼をし、執務室から出て行った。
「それじゃあ片付けるか」
机の上を片付け始める士郎。
「いえ、ココは私がしておきますからご主人様は自室で少し休んでいて下さい」
「えっ?」
「朝から働きづめでしたから、警邏に出かける前の休養です」
「でも」
「でもじゃありません! ご主人様!」
「分かった。お茶でも貰っておくよ」
「はい、そうして下さい」
片付ける物は然程多くないと判断した士郎。
朱里の好意を受け、部屋を後にするのであった。
「ふぅ〜、終わりました〜」
士郎を送り出した朱里は部屋の整理を始める。
「え〜っと、この書簡ははこっちで。あの書簡はあっちっと」
ちょこまかと歩く朱里に小動物的な可愛さを覚える。
「はぁ〜。私もご主人様と警邏が出来たらな〜」
軍師と言う立場の朱里には戦闘能力は皆無で、愛紗達のような武将とは違い警邏からは自動的に外されている。
その事が何やら不満な様子の朱里。
「皆の警邏の時にいい思いしてるに」
士郎との警邏=2人で街を回る事と同じ!=それすなわちデート!
「うう〜、私にもう少し力があったらなぁ〜」
溜息を付き、落ち込む朱里。
「え〜っと、何だろうこの本?」
見覚えの無い古ぼけた本を手に取る朱里。
それが始まりとなる事も知らずに――
「これは主、御早い御着きで」
「ああ星、朱里が片づけを手伝ってくれたおかげだよ」
士郎が正門に向かうと丁度に星と出会う。
「ふむ、なるほど。それは朱里に感謝せねばなりませんね」
「そうだな。いつも朱里や星達には助けられてるよ」
「主も口が達者になりましたな」
軽口を叩く星だが、その顔はほんのりと赤みを帯びている。
「本心だよ」
「そう言う事にしておきましょう」
「そうしてくれ」
「それでは主、参りましょうか。あまりボヤボヤしていると後で愛紗に何を言われるか」
「そうだな星」
2人はそう言って笑い合うと警邏の為に城下に向かった。
「へいらっしゃい!」
「さあさあ、西方から来た珍しい髪飾りだよ。お客さんどうだい、見ていきな」
「へいおまちっ!」
「おっちゃんコレを貰うよ」
「こりゃ良いな」
大勢の商人や客が行き交い、あちら此方で笑い声が響き活気を見せる城下町。
士郎達の治世が窺える。
「たいしゅしゃまだ!」
「あ! ほんとだ!」
「お〜い! みんな〜! たいしゅさまだぞ!」
士郎の所に小さな子供達が集まって来る。
「えぃっ」
「おっと」
跳びついてきた小さな男の子を士郎は優しく受け止める。
「おやおや、主は子供からも好かれますな」
星はクスクスと笑いながら士郎と戯れる子供達を見つめる。
「ねぇ、たいしゅしゃま。あそんで」
「そうだよぉ」
「あそんで、あそんで」
「ん〜〜〜。少しだけだぞ」
士郎の言葉に喜びの声を上げる子供達。
「やった!さすが、たいしゅさま」
「わぁーい」
「じゃあ、なにしてあそぶ?」
「ちょううんのねえちゃんも!」
「やれやれ、毎度の事ながら。おや?あれは」
士郎と出掛ける度に見る、子供達との微笑ましい交流。
星は遠くにそれとは真逆の光景が目に入った。
「ふむ、主殿」
「なんだ、星」
「私は暫くこの辺りを巡回して参ります。その間、子供達の世話をしっかり頼みました」
そう言うと素早く路地に入り込んでいく星。
「おい!俺だけに押し付けるのか星!」
脱兎の如く飛び出した星に対しそんな言葉を投げかける士郎だったが――
(何かあったな)
行き成りの星の行動に、辺りを見渡す士郎。
(あれか。まったく星の奴)
「ねぇ、たいしゅさま。なにする?」
「そうだな――」
星ならば大丈夫だろうと信頼を込め、子供達を守る為にこの場に残る事を選択した士郎。
傭兵崩れの男達が何やら気の弱そうな青年に絡んでいる。
「おい。如何落とし前付けてくれるってんだよ!」
「ひぃ!」
リーダーらしき男の剣幕に怯える青年。
「アニキは如何落とし前を付けるかって言ってんだよ!」
「すみません、すみません」
青年の気の弱さを感じ取ったのか、ここぞとばかりに子分らしき男が責め立てる。
「御免で済んだら役人はいらねぇんだよっ!」
青年を殴ろうと拳が振り上げられたその時、何処からともなく高らかな笑い声が辺り一面に響き渡った。
「はっはっはっはっはっ! はーっはっはっはっはっ!」
「なにっ!」
「誰だっ!」
男達は声の出所を捜そうと辺りを見回す。
「あそこだ!」
男の1人が屋根の上に立つ人影を見つけた。
「正義の華を咲かせるために、美々しき蝶が悪を討つ。美と正義の使者、華蝶仮面……推参!」
そこには派手な蝶の仮面を着けた女性が居た。
この成都でお馴染みとなった悪漢共を退治している正義の味方、華蝶仮面だ。
子供達からの人気は凄まじいのだが、正体不明、神出鬼没の人物でいつも現場をかき回すと言う事で役人達からは迷惑がられていたりもする。
「とぅ」
そう言うと華蝶仮面は屋根から飛び降り、軽やかに着地を決める。
「き、貴様が! 野郎共!! やっちまえ!」
リーダーの男の声に従い、男達は華蝶仮面を円で囲むと一斉に襲いかかる。
「やれやれ、名乗りも上げずに襲い掛かるとは無粋な。てりゃぁ!」
華蝶仮面は動じた様子も無く、正面から襲いかかってきた男を槍で吹き飛ばすと其処から包囲網から抜け出す。
「逃がすかっ!」
「握りが甘いっ!」
次に飛びかかってきた男の武器を叩き落とすと、すれ違いざまに石突の方での攻撃で意識を刈り取る。
「ぐげぇ」
「遅い!」
「ぐわっ!」
次々とゴロツキを退治する華蝶仮面。
ものの1分もしない内に取り囲んでいた10人を沈黙させた。
「ば、化け物め」
華蝶仮面のあまりの強さにそんな呟きを洩らしてしまう。
「さて、如何する?」
「ここまでコケにされて引けるかってんだ!」
そう言うと持っていた剣を振りかぶり華蝶仮面に遅い掛かる。
「ふっ。美しく咲くこと叶わぬなら、せめて美しく散るが良い」
2つの人影が交差する。
「ぐふっ」
「安心せい、峰打ちだ」
ただの1合もまともに打ち合う事が叶わなかったゴロツキ達。
決して彼等が弱かったわけではない。
彼等はそこいらの兵士と同程度の実力はあった。
華蝶仮面の実力が高いのだ。
「正義は勝つ」
「「「「「おおっおっおっーーー」」」」」
それまでじっと見守っていた人々が歓声を上げる。
「すげぇ〜」
「さすがは」
「かっこいい〜」
「あ、ありがとうございます」
助けられた青年は華蝶仮面に近づきお礼を言う。
「何、見て見ぬふりが出来なかっただけのこと。誰か、この街の警備の者を呼んでくれ。それでは」
そう言うと華蝶仮面は跳躍し屋根の上に飛び乗り、あっという間に姿が見えなくなった。
「終わったみたいだな」
士郎は遠くから聞こえて来る歓声に事が終わった事を悟る。
「みんな、かちょうかめんがいたみたいだぞ」
「ええ、ほんと」
「ほんとほんと」
「いってみようぜ」
「そうしようぜ」
「たいしゅさま、あそんでくれてありがと」
「ありがとう」
士郎に遊んでもらった礼を言うと子供達は歓声の方へと向かっていた。
「転ばないように気を付けるんだぞ」
「「「「「うん」」」」」
「おや、主殿。子供達は如何なされた?」
ひょっこり出てきた星は1人でいる士郎に問い掛ける。
「ついさっき、華蝶仮面に会えるかもって向こうの通りに行ったよ」
「ほう」
「コッチに居れば会えたのにな」
意味ありげに星に視線を向ける士郎。
「何の事ですか?」
言っている意味が分からないと言わんばかりの態度を取る星。
実はこの星、趙雲こそが街で噂の華蝶仮面の正体であった。
「バレバレの格好をしてるのになんで皆分からないんだ?」
士郎の言う通り、華蝶仮面の姿は星の普段の格好に蝶の仮面を着けただけのものである。
普通ならばばれる筈なのだが、何故かばれない華蝶仮面の正体であった。
「そんな事よりも主殿。警邏の続きといきましょう。あまりサボっていると愛紗の奴から大目玉を喰らいますからな」
「そうだなっと。それと星」
「何ですかな?」
「ご苦労様」
「……何のことか分かりませんが、ありがたく頂戴しておきましょう」
「そうしてくれ」
こうして士郎と上機嫌の星とでの警邏は続けられた。
【次回! 新たに現る人物に成都は混乱する!】