Fate and Zero
第18話 「出発…」
朝もやの中、士郎にルイズ、ギーシュの3人は、馬に鞍をつけていた。
士郎はデルフリンガーを背負い、ルイズはいつもの制服に乗馬用のブーツを履いている。
「なあ、ルイズ。 馬でどれぐらい移動するんだ?」
士郎は乗馬の経験は少しはあるが、本格的な馬での移動など経験したことが無いため、少し不安げに聞く。
「そうね、早馬で、2日ぐらいよ」
(……2日か。 まあ、こっちの移動手段は発達していないみたいだし、仕方がないか)
そう士郎は割り切ると、準備を進める。
「お願いがあるんだが……」
「なんだ?」
士郎は、馬に荷物をくくりつけながら、ギーシュに対応する。
「ぼくの使い魔を連れて行きたいんだ」
「使い魔なんかいたのか?」
今までギーシュが使い魔を連れている所を見たことがない士郎としては当然の質問だった。
「いるさ。 当たり前だろう?」
士郎とルイズはお互い顔を見合わせる。
ルイズも、ギーシュの使い魔の事を知らないようだった。
「連れて行けるなら連れて行けばいいんじゃないか? と言うか、何処にいるんだ?」
「ここ」
ギーシュは地面を指差した。
「いないじゃないの」
ルイズが乗馬鞭を片手に、すました顔で言う。
ギーシュはにやっと笑うと、足で地面を蹴る。
すると、モコモコと地面が盛り上がり、茶色の大きな生き物が、顔を出した。
ギーシュは膝をつくと、その生き物を抱きしめる。
「ヴェルダンデ! ああ! ぼくの可愛いヴェルダンデ!」
士郎はその光景を見て、心底呆れたように声を出す。
「なんだ、そいつ?」
「なんだ、そいつ? などと言ってもらっては困る。 大いに困る。 ぼくの可愛い使い魔のヴェルダンデだ」
(か、可愛い?)
「あんたの使い魔ってジャイアントモールだったの?」
ギーシュの使い魔、ヴェルダンデ。
それは、巨大モグラであった。
「そうだ。 ああ、ヴェルダンデ、きみはいつ見ても可愛いね。 困ってしまうね。 どばどばミミズはいっぱい食べてきたかい?」
モグモグモグ、と嬉しそうに巨大モグラは鼻をひくつかせる。
「そうか! そりゃよかった!」
ギーシュはヴェルダンデに頬を摺り寄せる。
(は〜〜〜、やっぱコイツあいつ等と同類だ……)
士郎は心の中でギーシュの行動を呆れている。
「ねえ、ギーシュ。 ダメよ。 その生き物、地面の中を進んでいくんでしょう?」
「そうだ。 ヴェルダンデはなにせ、モグラだからな」
「そんなの連れて行けないわよ。 私たち馬で行くのよ」
ルイズは困ったように言った。
「結構、地面を掘って進むの速いんだぜ? なあ、ヴェルダンデ」
ヴェルダンデは、うんうんと頷く。
「わたしたち、これからアルビオンに行くのよ。 地面を掘って進む生き物を連れて行くなんて、ダメよ」
ルイズがそう言うと、ギーシュは地面に膝をついた。
「お別れなんて、つらい、つらすぎるよ……、ヴェルダンデ……」
そのとき、ヴェルダンデは鼻をひくつかせた。
くんかくんか、とルイズに擦り寄る。
「な、なによこのモグラ」
(主人に似て、女好きなモグラなのか?)
「ちょ、ちょっと!」
ヴェルダンデは鼻をルイズの右手の薬指に光る『水のルビー』に擦り寄せる。
「この! 無礼なモグラね! 姫さまに頂いた指輪に鼻をくっつけないで!」
ギーシュが頷きながら呟いた。
「なるほど、指輪か。 ヴェルダンデは宝石が大好きだからね」
「嫌なモグラだな……」
「嫌とか言わないでくれたまえ。 ヴェルダンデは貴重な鉱石や宝石をぼくの為に見つけてきてくれるんだ。 『土』系統のメイジのぼくにとって、この上もない素敵な協力者さ」
ルイズが嫌そうな顔をしているので、士郎はヴェルダンデをルイズから引き離そうとする。
その時、一陣の風が舞い上がり、ルイズに擦り寄っていたヴェルダンデを吹き飛ばした。
「誰だッ!」
ギーシュが激昂してわめいた。
朝もやの中から、1人の長身の羽帽子をかぶった貴族が現れた。
士郎はその人物になんとなく覚えがあった。
(こいつは、確か歓迎式典のときの……)
「貴様! ぼくのヴェルダンデになにをするんだ!」
ギーシュはすっと薔薇の造花を掲げた。
一瞬早く、羽帽子の貴族が杖を引き抜き、薔薇の造花を吹き飛ばす。
造花の花びらが宙を舞った。
(速い!)
殆どシングルアクションで魔法を行使した、羽帽子の貴族を見て、士郎は気を引き締める。
「僕は敵じゃない。 姫殿下より、君たちに同行することを命じられてね。 きみたちだけではやはり心もとないらしい。 しかし、お忍びの任務であるゆえ、1部隊つけるわけにもいかぬ。 そこで僕が指名されたってワケだ」
長身の貴族は、帽子を取ると一礼した。
「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」
文句を言おうと口を開きかけたギーシュは相手が悪いと知ってうなだれた。
魔法衛士隊は、全貴族の憧れである。
ギーシュも例外ではない。
ワルドはそんなギーシュの様子を見て、首を振った。
「すまない。 婚約者が、モグラに襲われているのを見て見ぬ振りができなくてね」
(え?)
士郎は、ワルドをじっと見る。
(ルイズの婚約者?)
「ワルドさま……」
ルイズが、震える声で言った。
「久しぶりだな! ルイズ! 僕のルイズ!」
ワルドは人なつっこい笑みを浮かべると、ルイズに駆け寄り、抱き上げた。
「お久しぶりでございます」
ルイズは頬を染めて、ワルドに抱きかかえられている。
「相変わらず軽いなきみは! まるで羽のようだね!」
「……お恥ずかしいですわ」
「彼らを、紹介してくれたまえ」
ワルドはルイズを地面に下ろすと、再び帽子を目深にかぶって言った。
「あ、あの……、ギーシュ・ド・グラモンと、使い魔のシロウです」
ルイズは交互に指を指しながらいった。
ギーシュは深々と頭を下げ、士郎は軽く頭を下げる。
「きみがルイズの使い魔かい? 人とは思わなかったな」
ワルドは気さくな感じで士郎に近寄った。
「ぼくの婚約者がお世話になっているよ」
「俺は、当たり前の事をしてるだけです」
士郎はワルドを見る。
口ひげを生やしているせいで、大まかにしか推測できないが、年の頃はおそらく20代後半だろう。
その口ひげも、形よく整えてあり男らしさを強調している。
目つきは鋭く、猛禽類を想像させる。
体つきはたくましく鍛え抜かれており、そこいらのチンピラなどものの数秒で倒してしまうに違いない。
ダンディーかつワイルドな男、その言葉がワルドには似合うだろう。
(かなりの使い手だな)
こうして相対していても、ワルドは殆ど隙がない。
士郎がこの世界に来て見た中では、トップクラスのメイジだろう。
「そうか! そうか! それは頼もしい! さすがは『土くれ』を捕まえただけの事はある」
そう言って、あっはっは、と豪傑笑いをした。
(?……俺が捕まえた? 何でその事を知っている?)
フーケの1件は、使い魔である士郎の事については、王室に報告されていないはずであった。
知っているとすれば、直接事件に関わったものか、学園関係者だけだろう。
(……ルイズの周りの人間の事を調査したのか?)
婚約者のルイズの周囲を調べていてもおかしくは無いはずだが……。
(だったら何故、『きみがルイズの使い魔かい? 人とは思わなかったな』なんて言ったんだ?)
相手が士郎の事を知らなかったから出たはずの言葉だ。
なのに士郎がフーケを捕まえた事を知っている。
明らかに矛盾している。
(ルイズの婚約者らしいが……、少し気をつけていた方が良いかな)
士郎はワルドに対して、任務中は気を許さないようにしようと思いながら、自分の馬に跨った。
そんな思いとは別に、ルイズは、ワルドが現れた途端に落ち着きをなくし、そわそわしていた。
ワルドが口笛を吹くと、朝もやの中からグリフォンが現れた。
鷲の頭と上半身に立派な羽が生えていて、獅子の下半身を持つ幻獣である。
ワルドはひらりとグリフォンに跨ると、ルイズに手招きをした。
「おいで、ルイズ」
ルイズは少し躊躇うようにして、俯いた。
その仕草は、恋する少女を思わせる。
ルイズはしばらくの間モジモジとしていたが、ワルドに抱きかかえられて、グリフォンに跨った。
ワルドは手綱を握り、杖を掲げて叫んだ。
「では、諸君! 出発だ!」
その声でグリフォンが駆け出す。
ギーシュも感動した面持ちで、後に続き、士郎もその後に続く。
士郎は空も見上げ、これから起こるであろう騒動に、頭を痛めた。
アンリエッタは出発する一行を学園長室の窓から見つめていた。
眼を閉じて、手を組んで祈る。
「彼女たちに、加護をお与えください。 始祖ブリミルよ……」
隣では、オスマン学園長が鼻毛を抜いている。
なんとも、シリアスをぶち壊す老人であった。
アンリエッタは、振り向くと、オスマンに向き直った。
「見送らないのですか? オールド・オスマン?」
「ほほ、姫、見てのとおり、この老いぼれは鼻毛を抜いておりますのでな」
そのとき、学園長室の扉がドンドンと叩かれた。
「入りなさい」
オスマンが入室を許可すると、慌てた様子のミスタ・コルベールが飛び込んできた。
「いいいいい、一大事ですぞ! オールド・オスマン!」
「きみはいつでも一大事ではないか。 どうもきみはあわてんぼうでいかん」
「慌てますよ! わたしだってたまには慌てます! 城からの知らせです! なんと! チェルノボーグの牢獄から、フーケが脱走したそうです!」
「ふむ……」
オスマンは、口ひげをさすりながらうなった。
「門番の話では、さる貴族を名乗る怪しい人物に『風』の魔法で気絶させられたそうです! 魔法衛士隊が、王女のお供で出払っている隙に、何者かが脱獄の手引きをしたのですぞ! つまり、城下に裏切り者がいるということです! これが大事でなくてなんなのですか!」
アンリエッタの顔が蒼白になった。
オスマンは手を振ると、コルベールに退室を促した。
「わかった、わかった。 その件については、あとで聞こうではないか」
コルベールがいなくなると、アンリエッタは、机に手を突いて、ため息をついた。
「城下に裏切り者が! 間違いありません。 アルビオン貴族の暗躍ですわ!」
「そうかもしれませんな。 あいだっ!」
オスマンは、鼻毛を抜きながら言った。
その様子を、アンリエッタは呆れた顔で見つめた。
「トリスティンの未来がかかっているのですよ。 なぜ、そのような余裕の態度を……」
「すでに杖は振られたのですぞ。 我々にできることは、待つことだけ。 違いますかな?」
「そうですが……」
それでも、アンリエッタは不安そうな表情を隠せない。
「なあに、彼ならば、道中どんな困難があろうとも、やってくれますでな」
「彼とは? あのギーシュが? それとも、ワルド子爵が?」
オスマンは首を振った。
「ならば、あのルイズの使い魔の少年が? まさか! 彼はただの平民ではありませんか!」
「姫は始祖ブリミルの伝説をご存知かな?」
「通り一遍のことなら知っていますが……」
オスマンはにっこりと笑った。
「では『ガンダールブ』のくだりはご存知か?」
「始祖ブリミルが用いた最強の使い魔のこと? まさか彼が?」
そこで、オスマンは喋りすぎたことに気がついた。
『ガンダールブ』の事は自分の胸1つに納めている。
アンリエッタの事が信用できないわけではないが、まだ王室のものに話すのはまずい、そう思っていた。
それに、彼には『ガンダールブ』に匹敵する、もしくは上回る能力があるはずで、下手をすると、その彼を敵に回しかねない、と考えていた。
「えーおほん、とにかく彼は『ガンダールブ』並みに使えると、そういうことですな。 なにせ、彼は異世界から来た少年なのです」
(この位の事ならば、話してもいい筈じゃな)
「異世界?」
「そうですじゃ。 ハルケギニアではない、どこか。 『ここ』ではない、どこか。 そこからやってきた彼ならばやってくれると、この老いぼれは信じておりますでな。 余裕の態度もその所為なのですじゃ」
「そのような世界があるのですか……」
アンリエッタは、遠くを見るような目になった。
その少年の唇の感触が、自分のそれに残っている。
アンリエッタは、そっと自分の左手に右手をそえて、微笑んだ。
「ならば祈りましょう。 異世界から吹く風に」
【次回、アルビオンへ行くために港町へ向かう士郎くんたち! そこで何が待ち受ける!】