Fate / open the demonbane

 

外伝1「カレンとの出会い……」

 

 

 

高級感あふれながらも、嫌味を感じさせない室内。

そこに3人の人間がいる。

 

1人はこの部屋の主。

まだ、年若い娘でありながら、覇道財閥を纏め上げる総帥。

その黒い瞳からは、力強さを感じさせる、覇道 瑠璃。

 

もう1人は、それに付き従う執事。

細身でありながら、決してひ弱そうには感じられない、むしろ刃物のような鋭さを感じさせる、ウィンフィールド。

 

最後の1人は、その2人の目の前に立つ青年いや、少年と言う方が正しいだろう。

まだ、幼さを感じさせる年にもかかわらず、そこにはその年齢を感じさせない雰囲気を感じさせる、衛宮 士郎。

 

「衛宮さん。 せっかくの長期休暇にお呼びだてて、申し訳ありません」

 

ニッコリと微笑む、瑠璃。

この微笑に、大抵の男性は顔を赤くして舞い上がるだろう。

 

「いえ、別にいいですけど、……早く用件を言ってもらえませんか? あまりアル義姉さんたちを待たせると、後が怖いんで」

 

士郎は、高校1年の冬休みを利用して、九郎たちに久しぶりに会いに、アメリカまで来ていた。

が、空港に着くと、メイド3人組に拉致されて、瑠璃の執務室までつれてこられた。

 

「心配には及びませんわ。 九郎さんたちには話をつけてあります」

 

(???)

 

士郎は、瑠璃の物言いに嫌な予感を覚える。

 

(ま、まさか……)

 

「えっと、どう言う事ですか?」

 

「衛宮 士郎。 任務です。 イタリアで魔道書による怪異が報告されました。 至急現場を調査し、速やかに魔道書を確保することを最優先事項にし、不可能と判断された場合は、速やかにそれを破壊、以上です。 何か質問は?」

 

それは、ノーデンスの上司としての覇道 瑠璃からの指令。

 

「2つ質問してもいいですか?」

 

「ええ、よろしいですよ」

 

「報告された魔道書は何ですか?」

 

怪異を引き起こしている魔道書が特定されれば、その魔道書が起こす現象が判断しやすくなる。

それに対する対処が容易になるため、士郎は聞く。

 

「写本か原本かの区別はつきませんが、おそらく『妖蛆の秘密』だと思われます」

 

瑠璃の言葉には、何処と無く嫌悪の響きがあった。

 

「『妖蛆の秘密』ですか……」

 

魔術に関する様々な記述が記された魔道書で、それを使用し、不完全ながらも不老不死を手にした魔術師(マギウス)がいるほどの魔道書だ。

もし写本と言えども、油断できるような代物ではないし、原本だとすれば、洒落にならない。

 

「それじゃあ、もう1つ。 何で、俺なんですか?」

 

『妖蛆の秘密』ならば、九郎の方が処理するのも慣れているはずだ。

今だ、一人前の魔術師(マギウス)とも、魔術師(メイガス)ともいえぬ士郎が事に当たるよりよほど適任ではあるはずだ。

 

「この1件は出来る限り隠密に行ってほしいのです。 九郎さんたちの場合だと、被害がどうしても大きくなってしまいますし、他の(比較的マトモな)方々も今、出払っています。 それに、これは九郎さんとエンネアの推薦でもあります」

 

たしかに、あの規格外魔術師たちが任務に出れば、かなりの被害が出る可能性が激しく高い。

ましてや、教会の影響力の強いイタリアだ、入国したと言う事実だけで、色々な厄介ごとがついてくるだろう。

そして、九郎たちは自分たちの休暇の為に、士郎を人身御供に差し出したのだが、それを士郎が知るすべは無い。

 

(!九郎さんたちが! しっかりやらないと!)

 

士郎は、九郎たちが自分を推薦したと聞いて、気を引き締める。

 

「分かりました。 衛宮 士郎、この任務引き受けました」

 

「では、ウィンフィールド。 早速準備なさい」

 

瑠璃は後ろに控えていた、ウィンフィールドに指示を出す。

 

「了解しました、お嬢様。 では、衛宮様、こちらです」

 

士郎はウィンフィールドの後に続き、部屋を退室する。

2人が出て行ったのを確認すると、瑠璃は1人溜息をつく。

 

「は〜、士郎さん。 不憫ですわね。 まあ、これで九郎さんとのクリスマスが過ごせるのですから、感謝しましょう」

 

そう言うと、瑠璃はクリスマスを休暇にするために、机の上に積んである書類に目を通していった。

書類を処理していく瑠璃の顔は、他の者がいたらその顔のゆるみを指摘していただろう。

 

 

 

 

 

廊下に出ると、士郎を空港で拉致したメイド3人組に出会う。

 

「やあ〜、士郎君。 ごめんな〜、こっちも仕事やさかい、断れんで」

 

関西弁で陽気に話しかけてきたのは、3人組の中でも比較的マトモなチアキ。

メガネとポニーテールが特徴だ。

 

「いや、いきなりでしたから驚きましたよ。 今度からはちゃんと事情を説明してくださいよ」

 

「ええ、無理ですよ! 大十字さんで拉致するのは慣れていますし、庶民にはこれぐらいの対応でも十分ですよ! 感謝しやがれコンチクショウです」

 

笑顔で何気なく毒舌を吐くソーニャ。

彼女は悪気がないだけ余計にたちが悪い。

 

「はい、事件の報告書にイタリア行きのチケットと必要経費を収めたカードと連絡用の携帯です。 緊急時の連絡先とカード番号はいつも通りです。 質問が無いようでしたら、さっさと行って下さい」

 

そっけない態度のメイドはマコト。

彼女は幼女好きでその性癖は、アルをも脅かす。

 

「はっはは、(期待した俺が馬鹿だった……)」

 

返された返事に、淡い期待を寄せていた士郎は無残に打ち砕かれた。

士郎は受け取った荷物を、自分のかばんに入れる。

 

「では、衛宮様。 空港までお送りします」

 

ウィンフィールドが3人の前に立ち、話しかけてくる。

 

「はい、お願いします」

 

これから士郎が赴くイタリアの地。

そこには何が待ち構えているのか、士郎には知るすべが無い。

 

 

 

 

 

アメリカについて、すぐさまにイタリアに行く事になった士郎。

空港について、最寄の駅から移動すること2時間。

日本との時差の所為か、大きなあくびをする。

 

「ふぁ〜〜〜。 やっと着いた。 やっぱり人使いが荒いよな、瑠璃さん」

 

組織でスポンサー的な役割を果たしている、瑠璃。

それ故に、彼女の影響力は強い。

士郎はこれまでに彼女の頼み(命令)を断れたためしがない。

 

(まったく、あの姉妹喧嘩の仲裁や、九郎さんたちの喧嘩の仲裁、九郎さんの捕縛、ウェストの発明品の処理………)

 

考えるだけで頭が痛くなる士郎。

何気に、身内の処理に偏っている気がしないでもない。

 

「考えるのやめよう……」

 

士郎は、今は綺麗さっぱり治っているはずの、傷跡が痛むような感じがした。

 

「え〜っと、目的地は……ここから3時間! まだ移動するのかよ」

 

地図に書かれている、小さな村はここからバスと徒歩を利用しなければならないようだった。

今度はあくびの変わりに大きな溜息をつく。

 

「は〜〜〜、仕方が無いか。 ……宿、取れるかな?………」

 

もう、夕方近くの時間になり始めているのを見て、しみじみそう思う士郎だった。

 

 

 

日が暮れてようやく目的地の村に到着した士郎は、村にある唯一の宿屋を目指していた。

 

「ここか、結構手入れは行き届いているな」

 

あまり観光客など来そうに無い場所にある、宿屋としてはかなり状態の良い方だろう。

 

「さっさとチェックインするか」

 

そう思い、士郎は宿の扉を開け中に入る。

 

「いらっしゃい〜」

 

出てきたのは、恰幅の良い女性だった。

 

「おやまあ、1人かい?」

 

「ええ、部屋は開いてますか?」

 

「ああ、開いてるよ。 っといっても、アンタ以外に1組しか客が来ていないからね、がらがらさ」

 

豪気に笑いながら士郎に話しかける、女主人。

 

「じゃあ、チェックインをお願いします」

 

「何泊だい?」

 

(できるだけ早くって事だからな)

 

「2泊で、お願いします」

 

「あいよ。 それじゃあ、100ユーロになるよ」

 

士郎は女主人に、現金を渡す。

 

「はい」

 

「……確かに。 それじゃあ、廊下の突き当りの右の部屋だよ」

 

そう言って、士郎に部屋の鍵を渡す。

 

「ええ、分かりました」

 

士郎は鍵を受け取ると、荷物を担いで、自分の部屋に向かう。

 

(それにしても、俺の他にも客が来ているのか。 物好きだな。 っと、ここか)

 

士郎は扉の前に立つと、鍵穴に鍵を差込み扉を開ける。

 

「へ〜、片付いているな」

 

質素な雰囲気だが、きちんと整頓された部屋だった。

 

「まあ、今日は遅いから休むとするか」

 

さすがの士郎もフライトの連続でつかれきっていて、これから調査する気力が残っていなかったし、まったく見知らぬ土地を夜中に歩き回るのはかなり骨が折れるので、明日の朝から調査を開始することにした。

 

「ふあ〜〜〜! 寝よう……」

 

士郎はそのままベットに倒れこみ、夢の世界の住人になった。

 

 

 

翌朝、士郎は目蓋に光を感じながら眼を覚ました。

まだ頭がさめないのか、辺りを見渡す。

 

「そうか、昨日はそのまま寝ちまったんだっけ」

 

クンクン

 

「少し、臭うな。 シャワーでも浴びるか」

 

そう思い、士郎は備え付けてあったシャワールームで汗を流すことにした。

 

 

 

「ふ〜、生き返った」

 

士郎はぬれた頭をタオルで拭きながら、ソファーに腰をかける。

ちょうどその時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 

「はい」

 

「おきていたかい? 朝食が出来たから呼びにきたよ、いるかい?」

 

この宿の女主人だ。

 

「はい、いただきます」

 

「そうかい、昨日はそのまま寝てたんで、そっとしといたんだが、今日は大丈夫そうだね。 準備して食堂においで」

 

そう言うと、女主人は早々に去っていった。

 

「早くするか」

 

士郎は身支度を整え、食堂に向かった。

 

 

 

「おや、早かったね」

 

食堂に着くと、そこには食事の準備をしている女主人に姿があった。

 

「他の人は?」

 

「ああ、この宿の従業員はわたしだけさ。 5部屋しかない、道楽で始めた店だからね。 そうそう、他のお客さんならもう出かけたよ。 こんな朝早くから何やってんだか。 そら、アンタ。 座った、座った!」

 

女主人に急かされるまま、士郎は席に着く。

出された料理は、クロワッサンに生ハムのサラダ、それにカプチーノだった。

 

「頂きます」

 

手を合わせると、士郎はさっそく朝食を食べる。

 

「うまい」

 

「そうかい、そうかい。 まだまだ、あるからね遠慮なく食べな」

 

 

 

朝食を食べ終えて部屋に戻ると、士郎はスグに出かける準備を始めた。

 

「さてと、こんなものでいいな」

 

士郎は地図を手にして、部屋を出る。

 

「おや、でかけるのかい?」

 

ロビーにいる女主人から声をかけてくる。

 

「はい、夕方ぐらいには戻ります」

 

「そうかい、近頃何かと物騒になってるからね、用心しときな」

 

士郎は頷くとそのまま、宿の外に出る。

 

「……最初に、怪異が報告された場所に言ってみるか」

 

士郎は持っている地図を見ながら、最初に怪異の報告された森へと向かう。

 

 

 

「…………微かに魔力の痕跡があるな」

 

森の中には怪異が残したであろう、魔力の残滓がほんの微かだが感じられた。

 

「しかし、これはいくらなんでも少なすぎるぞ……」

 

報告によると、ここで光の柱らしきものが見られ、そこに怪物が現れたらしい。

その報告を信じるならば、ここでその怪異は発生したはずである。

なのに、まだ3日程度しかたっていないのに魔力の痕跡が小さすぎる。

そのことに士郎が、思い当たる理由が2つあった。

 

「………誰かが隠蔽工作をしたか、隠密性に優れた怪異ってことだな」

 

隠蔽工作については第一候補は教会だ。

ここは、教会の本拠地だ異変が起こったならばすぐさまにでも人材が派遣されるはずだ。

そして、もう1つの思い当たる理由は魔道書『妖蛆の秘密』、その中に記された、星の精(スター・ヴァンパイア)の記述だ。

星の精(スター・ヴァンパイア)は通常、人間の目で見ることは出来ず、人間の血を吸うと、一時的に姿が見えるようになる吸血生物だ。

定かではないが、人間に近い知性があるらしく隠れられたまま行動されると非常に厄介である。

 

「……厄介だな」

 

もし、星の精(スター・ヴァンパイア)が召喚、またはそれも模した怪異が現れているなら、後手に回らざる得ない。

 

「探知用の術式をばらまいておくか」

 

そう言うと、士郎はふところから黒い宝玉を取り出す。

 

「『開放』!」

 

士郎がそう言うと、手に1冊の本が現れた。

 

「『接続(アクセス)』! 我は汝と共に歩む者」

 

本からページが舞い、そのページは士郎の体にまとわりつく。

まとわりついたページは黒と赤のボディースーツとなる。

魔術師の衣(マギウス・スタイル)、魔術師と魔道書が文字通り一心同体となる。

 

『シーア、調子はどうだ?』

 

『リョウコウダヨ、シロウ』

 

士郎の脳裏に幼い感じの声が響く。

士郎の魔道書、『シーア・アジフ』の精霊の声だ。

まだ、誕生したばかりの魔道書にもかかわらず、すでに自らの意思を確立させている。

それは、通常ではありえない早さだった。

 

『そうか、それじゃあ一仕事頼む』

 

『ウン』

 

士郎が探知用の術式をつむぎ出す。

 

「『ナチャの網』!」

 

霊的な糸が士郎を中心に約100メートルに渡り張り巡らされる。

アトラック=ナチャの記述を利用した魔術で、糸の強度は大した事はないが、敵が範囲に入ったらすぐさま術者にわかるようになっている。

 

「さて、これを村中のあちこちに仕掛けておかないとな」

 

そう士郎は呟くと、次のポイントに向かった。

小さな村とはいえ、村全体を覆うとなると、現在の士郎とシーアでは骨の折れる仕事だ。

そのため、要点を絞り設置していく。

 

 

 

夕方、作業と調査を一通り終えて、士郎は宿に戻ると、同い年ぐらいの1人の少女に出会った。

 

「貴方が、もう1人の物好きな客ですか?」

 

銀髪にくすんだ金色の瞳をしたシスターが、初対面とは思えない言葉を発する。

 

「ああ、もう1組の客ってのはあんた達か?」

 

(やっぱり、聖堂教会の人間か?)

 

「ええ、貴方が考えている通りでしょう、マギウス」

 

「!」

 

士郎の魔力の隠蔽技術と道具はかなりのものであり、初見で魔術師、ましてやマギウスだと断定されたことは無かった。

そして、その事を知っているとなると、少女は唯のシスターではありえない。

 

「驚くことはありません、貴方の魔力の隠蔽は完璧です。 初見でわかる人物はそうそう居ないでしょう。 私の場合は少々特異体質だったので、貴方の『書』に反応しただけです。」

 

(『書』に反応した? どう言うことだ?)

 

「そうか。 ……あんた達、今回の件に関して何処まで把握しているんだ?」

 

「さあ? 貴方にそれを教える必要があるとは思えませんが?」

 

「まあ、そうだな」

 

協会の方はともかく、教会との繋がりは無いに等しい。

 

「……しかし、普段どおりの任務と思っていたのですが、マギウスがこの事件に関わっているとなると少々厄介ですね」

 

小声で呟きながら少女は、そのまま踵を返し自分の部屋に戻っていく。

士郎はその後姿をじっと見つめていた。

 

 

 

夜が更け、士郎は調査のため宿を出ていた。

 

「……今の所、反応は無いな」

 

村中にばら撒いた、探知用の術式にはまだ何も反応がない。

士郎は探知の精度と範囲を上げるために自分の『書』を取り出そうとしたとき、2人組みの人影が目に入った。

 

「あれは……」

 

シスターの服は着ていなかったが、先ほど宿であったシスターの少女と、年の頃40ぐらいの神父がいた。

2人は何をするのでもなく、ただ歩いている。

 

(???)

 

ちょうどその時、士郎がばら撒いていた網に微かな反応が起こる。

 

(来たか!)

 

そう思うと同時に、シスターの少女は体を抱きかかえてうずくまる。

 

「ウッ!」

 

「来たか!」

 

神父は黒剣を取り出し、いつでも対応できるように構える。

 

「どこだ! カレン!」

 

カレンは苦しそうに、宙に指を指す。

しかし、そこには何も見えない。

 

「あそこか!」

 

神父はカレンの指差した方向に黒剣を投げる。

 

「仕留めたか?」

 

その時、神父の腹部に穴が開いた。

 

「な!」

 

信じられない様子で、自分の腹部を見る神父。

神父の血が、腹部を貫いている触手を浮かび上がらせる。

その触手が、流れ落ちる神父の血をすすると、その触手に色が現れる。

 

「ちぃ、星の精(スター・ヴァンパイア)か。 『接続(アクセス)』! 我は汝と共に歩む者」

 

素早くマギウス・スタイルを身に纏うと、士郎は倒れているカレンに素早く駆け寄り、右手に抱きかかえる。

 

投影開始(トレース・オン)

 

1本の短剣が士郎の左手に現れる。

 

風に乗りて歩むもの(イタクァ)

 

士郎が投げつけた短剣は、いまだ食事中だった星の精(スター・ヴァンパイア)に突き刺さる。

星の精(スター・ヴァンパイア)が怯んだ瞬間に、士郎は次の手を打つ。

 

投影開始(トレース・オン)

 

『バルザイの偃月刀(えんげつとう)

 

士郎は、偃月刀を星の精(スター・ヴァンパイア)に投げつける。

投げられた偃月刀は、ブーメランのように回転しながら星の精(スター・ヴァンパイア)の触手を切り裂いていく。

 

「マギウス・ウィング!」

 

士郎は、地面すれすれをカレンを右手に抱きかかえながら、高速飛翔する。

そして、倒れている神父を左手に抱くとその場を離脱しようとする。

それを見た、星の精(スター・ヴァンパイア)は触手を士郎たちに向けそれを阻止しようとするが、投げられた偃月刀が戻ってきて、再び触手を切り裂く。

 

開放されし幻想(オープン・ザ・ファンタズム)

 

士郎がそのスペルを唱えると、偃月刀が突如爆発し辺り一面に煙が舞い上がる。

 

「脱出するぞ」

 

士郎はその隙に、全速でこの場から離脱した。

 

 

 

あの場から脱出した士郎は、すぐさま神父の治療に取り掛かった。

 

「ちぃ、重要な臓器の損傷はないが、血を流しすぎだ」

 

星の精(スター・ヴァンパイア)に血をかなり吸われた為か、衰弱が激しい。

止血をしたが、焼け石に水だ。

 

「何をしているのですか?」

 

気がついたのか、カレンが起き上がって士郎に声をかける。

 

「治療だ。 見たら分かるだろうが」

 

「教会の人間を、魔術師(マギウス)の貴方がですか?」

 

信じられない、と言った感じで士郎を見つめる。

 

「関係無い。 俺がするって決めた事だ」

 

「変わっていますね、貴方は」

 

「よく言われる」

 

再び神父の治療に専念する士郎。

 

(これが限度か)

 

暫らくして、傷の手当は一通り終えた。

血が足りないらしく神父の顔色が悪いが、峠は越えたようだ。

 

「ここまでくればひとまず安心だな」

 

「ええ、そのようですね」

 

「ああ、だけどちゃんとした病院で、もう一度治療することを進めるぞ。 それよりもアンタの体」

 

「アンタではありません。 カレン・オルテンシアです」

 

士郎の言葉をさえぎるカレン。

 

「すまないカレン。 俺は衛宮 士郎だ」

 

「衛宮 士郎?」

 

士郎の名前を聞いた途端に、表情を変えるカレン。

 

「ああ、そうだけど?」

 

「いえ、何でもありません」

 

無表情に戻り、機械を思わせる冷淡さで言うカレン。

 

「そうか……。 それよりもその体……かなりボロボロだな」

 

士郎が言ったように、カレンの体の中はかなりのガタがきていた。

 

「内臓や神経の損傷がかなり激しい、片目も殆ど見えていないだろう?」

 

「ええ、よく分かりましたね」

 

なんでもないかのように振舞うカレン。

 

「噂には聞いていたが、被虐霊媒体質って奴か」

 

被虐霊媒体質、周りの霊障などに近づくとその霊障を自分の体で再現してしまう。

 

「だから、代行者のお供なんかしていた訳か」

 

通常、悪魔祓いなどで一番苦労するのは宿主に取り付いた悪魔を探すことだ。

取り付いた悪魔は、宿主の中で育ちきるまで極力その存在を抑え熟練した悪魔祓い(エクソシスト)でも判別が難しい。

しかし、カレンがいればその悪魔が起こす微かな霊障を再現する。

いわば生きた探知機。

 

「ええ、そうです」

 

霊障により、内側から腹を割き、足を割り、腕を割る。

そして、カタチが戻っても機能は戻らない。

 

「その懐の聖母(マグダラ)の聖骸布に選ばれるわけだ」

 

死に至る自傷をもって人々を救う神の使い。

 

「!!! 見ただけでコレを言い当てるなんて」

 

そう言うと、懐から赤い1枚の布を取り出すカレン。

 

「まあ、カレンと似たように俺も異端さ」

 

「衛宮 士郎。 貴方は、魔術師らしからぬ人です」

 

「まあ、俺はそれでいいと思っているけどね」

 

「…………」

 

驚いた表情で士郎を見ているカレン。

 

「なんだ、おかしいか?」

 

「ええ、とっても。 噂の『剣錬の魔術師』がこのような人物だったなんて」

 

心底呆れたように呟くカレン。

 

「その二つ名好きでつけられた訳じゃない。 と言うかよく知っているな、それ程こっちじゃ名前は売れていない思っていたんだけど」

 

「……本気で言っているのですか?」

 

「ああ、本格的に活動し始めたの今年からだぞ」

 

さも当然のようにいう士郎。

 

「……Porcamiseria(ぽるかみぜーりあ)

 

「? 今何か言ったか?」

 

「さあ? それよりも衛宮 士郎。 貴方は教会の監視リストの中で上位に入っています」

 

「なんでさ?」

 

分かっていない士郎に、深い溜息をつくカレン。

呼吸を整え、士郎に正面から向かい合う。

 

「いいですか、ここ数年で大組織に成長したノーデンスの魔術師で、その筆頭の愛弟子、秘蔵っ子として貴方はかなり警戒されているのです」

 

たった1人でも国を壊滅させるとまで言われている、ノーデンスのトップたち、その魔術師が手塩にかけて育てたとされる士郎が他の組織から警戒されていないはずが無かった。

 

「それに加えて、今年の夏に貴方が解決した事件が決定的でした。 並みの代行者では到底アレは解決できなかったはずです」

 

「む……」

 

心当たりがあるのか、カレンの言葉に黙ってしまう士郎。

その時、士郎の探知網に再び反応があった。

 

「来たか!」

 

「待ちなさい。 私もいきます」

 

飛び出そうとしていた、士郎を呼び止めるカレン。

 

「言っちゃ悪いが、足手まといだ」

 

「いえ、私の仕事です。 どうなるか最後まで見届けなければなりません。 それに貴方の言うことを聞かなければならない理由はありません」

 

(それに『剣錬の魔術師』の実力を知るいい機会です)

 

どうやら自分の意見を譲る気のないカレン。

その意思を感じたのか、士郎の方が折れる。

 

「……分かった。 好きにするといい」

 

「ええ、好きにします」

 

カレンは微笑を浮かべながらそう言った。

 

 

 

見通しのいい場所に移動し、星の精(スター・ヴァンパイア)を迎え撃つ準備をする士郎。

周囲に張り巡らされている、網に神経を集中させる。

そして、士郎の50メートル前方に星の精(スター・ヴァンパイア)の気配が感じられた。

 

( 一撃で決める!)

 

『シーア。 アレを使うぞ』

 

『リョウカイダヨ、シロウ』

 

シーアに記された記述の一部を士郎は組み上げる。

 

投影開始(トレース・オン)

 

士郎の手に黒塗りの弓が現れる。

そして、1本の漆黒の矢をつがえる。

 

永劫を超える猟犬(ティンダロス)

 

その矢の凄まじい魔力を感じたのか、逃げ出す星の精(スター・ヴァンパイア)

しかし、この矢は不可視である筈の星の精(スター・ヴァンパイア)を正確に捉えそれを追いかけ、それを貫く。

矢に貫かれた星の精(スター・ヴァンパイア)は凄まじい悲鳴を上げて消え去った。

 

「……すさまじいですね」

 

その光景を見ていたカレンは、呆然としていた。

 

(まさか、これ程とは……)

 

そうカレンが固まっているうちに士郎は星の精(スター・ヴァンパイア)が消え去った場所に移動していた。

そこには、まがまがしい気配を放つ1冊の本があった。

 

(やっぱり)

 

今回の目的であった『妖蛆の秘密』だ。

 

『シャホンミタイダネ』

 

『ああ、でもそこそこ力がある奴だな』

 

(しかし、少し力があるって言っても、この程度の写本単体でこんな騒ぎを起こせるか?)

 

原本ならともかく、この程度の写本で今回の騒動を起こせるとは考えにくい。

もう一度、調べなおしてみようと士郎が頭を上げた時!

 

「動くな!」

 

後ろから男の声が聞こえてきた。

 

「そのままゆっくりと後ろを向け」

 

士郎はその言葉に従いゆっくりと後ろを振り向く。

そして、カレンを人質にしている男の姿が目に入った。

 

「誰だ?」

 

「ああ、俺はシューザ。 アンタと同じ、魔術師(マギウス)だ。 ノーデンスの魔術師(マギウス)さんよ」

 

ニヤニヤとした笑みを浮かべるシューザ。

 

「なんの様だ」

 

抑揚の無い淡々とした声で喋る士郎。

 

「おっと、その前にマギウス・スタイルをといてもらおうか、俺みたいな二流の魔道書しか持っていない魔術師(マギウス)じゃアンタらみたいな奴らには敵わないからな」

 

そう言って、カレンのこめかみに銃を突きつける。

 

「私の事はかまいません、スグにこの男を倒しなさい」

 

銃を突きつけられている筈のカレンは平然とした様子で士郎に言う。

 

「黙ってろ! 分かってるだろが! とっととけ!」

 

士郎はシューザの言葉に従い、マギウス・スタイルをとく。

それと同時に、舞い上がったページは士郎の手に集まり1冊の本になる。

 

「よし、それでいい。 そのままその魔道書をそこの地面に置いて後ろに下がれ」

 

(!!!)

 

士郎の表情が完全に無表情になる。

この場に九郎達がいたら、一目散に逃げ出しているだろう。

それ程、今の状態の士郎は恐ろしい。

 

「何をやっているのですか! 貴方に助けられる覚えなどありません。 コレは私の失態です。 遠慮なくこの男を」

 

「黙りやがれ!」

 

カレンの言葉を大声でさえぎるシューザ。

そして、カレンを頭を殴り気絶させる。

シューザ自身、人質を無視されたら敵わないと分かっている所為か、声に必死なものを感じる。

 

そして、言われたとおりに士郎は『シーア』を地面において5メートルほど後ろに下がる。

 

「下がったぞ」

 

淡々と喋る士郎の声には、感情がまったくこもっていない。

 

「そこを動くなよ」

 

マギウス・スタイルをといて、魔道書から遠ざかった士郎を見て、シューザは強気になる。

 

「へへ、コレが超一流の魔道書って奴か、あんな写本とは桁が違うな」

 

『シーア』を拾い上げマジマジと見る。

 

「今回の騒動を起こしたのはお前か」

 

「ああ、そうだぜ。 こんな騒動を起こせば、あんた等ノーデンスの魔術師(マギウス)が出てくる筈だからな」

 

「何でだ」

 

「そりゃあ、簡単だぜ。 コイツを手に入れるためよ!」

 

そう言って得意げに『シーア』を掲げるシューザ。

 

「俺みたいに才能のある魔術師(マギウス)でも、使う魔道書が二流じゃ意味がねえ。 だから、手っ取り早く力の有る魔道書を所持している奴からかっぱらう事にしたんだよ」

 

ガハハハと大口を開けて笑うシューザ。

確かに、ノーデンスの幹部には力の有る魔道書を所持している人物は多数居る。

しかし、そのどれもが魂を持ち、魔道書自らが使用者を決める。

ましてや『シーア』はその中でも特別の一品だった。

 

「コイツさえあれば、俺に敵はねえ。 それじゃあ、アンタには実験台になってもらうか」

 

魔道書を持たない魔術師(マギウス)など恐れるに足りないと言わんばかり強気な口調で宣言するシューザ。

一般的な魔術師(マギウス)は魔道書がなければ、それ程の大掛かりな魔術は使えない、その事を熟知しているためだろう。

士郎がその一般的な魔術師(マギウス)に当てはまらないことも知らずに、『シーア』が特別な魔道書で有ることも知らずに、ただ笑いながら『シーア』を使おうとする。

 

「な! 何で起動しやがらねえ!」

 

『シーア』を使用したがシューザの意思にまったく応えない。

 

「それは俺専用の魔道書だ。 俺以外の人間には今のところ扱えない」

 

淡々と事実のみを喋る士郎。

しかし、その事実をシューザは認めようとはしない。

 

「そんな事あるか! 天才の俺様に使えない魔道書なんてあるか!」

 

しかし、何度やっても『シーア』はシューザの意思には応えない。

その隙に、士郎は自分の魔術回路を起動させる。

 

投影開始(トレース・オン)

 

士郎が魔術回路を起動させたのが分かったのか、士郎の方に目を向けるシューザ。

 

「な!」

 

一気にシューザとの距離を詰める士郎。

5メートルなど士郎にかかれば無いに等しい距離だ。

そして、手にした剣を振りかぶる。

 

悪夢を繰り返す剣(ナイトメア・ソード)

 

真名を唱えると同時に、シューザに切りつける。

 

「ば、ばかな……、魔術師(メイガス)だと」

 

本来、魔術師(マギウス)魔術師(メイガス)が両立することなどありえない。

前者は、究極の個を目指すものであり、後者は至高の全を目指すものだからだ。

魔術師(マギウス)であるのならば、到底個人で到達できない根源を目指すようなことはせず、魔術師(メイガス)であるならば、根源に到達するために不確かな魔道書に頼るようなことはしない。

ゆえに、士郎は存在しない筈の魔術師なのだ。

 

「ああ、そうだ。 悪夢の中に眠れ」

 

シューザはその言葉を聴いたところで意識が途切れた。

切りつけられた筈のシューザには傷一つ無く、ただ気絶しているかのようだった。

その、額に滲む汗を除けば。

 

士郎は気絶しているカレンに慌てて駆け寄る。

 

「大丈夫か?」

 

しかし、カレンは士郎の言葉に反応しない。

急いで殴られた箇所を診てみる。

 

(!! 脳内出血だと)

 

殴られたときに頭の血管が破れてしまったらしい。

 

(このままじゃマズイ……)

 

士郎に焦りの表情が浮かぶ。

 

『シーア、治療できるか?』

 

『ラインガツナガッテイレバデキルヨ、シロウ』

 

『分かった、簡易パスを作る』

 

素早くマギウス・スタイルを身に纏うと、士郎は自分の口を少しきり、口の中に血を溜める。

そして、カレンと唇を合わせて、その血をカレンに飲ませる。

 

『シーア、簡易パスは作った』

 

『リョウカイ』

 

士郎はすぐさま身体賦活(しんたいふかつ)の呪文を唱えた。

暫らくすると、カレンの容態は落ち着き、安らかな寝顔を浮かべている。

 

「ふ〜、終わったか」

 

その寝顔を見て、安心した様子の士郎。

 

『シーアもお疲れ様』

 

『ウン、オツカレサマ』

 

マギウス・スタイルをとき、本となった『シーア』。

 

「お休み、シーア」

 

本は最初のときのように、黒い宝玉になる。

 

「さてと、この3人を宿に運ぶか……」

 

そう考えると、どっと疲れの増した士郎だった。

 

 

 

 

『ええ、そうです。 今回の事件は解決しました』

 

『そうですか、さすがは士郎さん。 仕事が早いですね』

 

なんとか3人を抱えて宿に戻った士郎は、今回の事件の報告をしていた。

 

『それじゃあ明日、犯人と『書』を持ってそちらに戻ります』

 

『分かりました。 ウィンフィールドに言って飛行機を用意させておきます。 それでは』

 

ツー・ツー・ツー

 

「ふ〜〜〜、疲れた〜〜〜」

 

あらかたの報告を終えようやくホッとする士郎。

 

「ん」

 

ちょうどカレンが目を覚ました。

 

「あ、起きたか」

 

「ここは?」

 

上半身を起こし、辺りを見回す。

 

「宿だよ」

 

「そうですか……!」

 

そして、カレンは自分の状態に気がつく。

目がはっきりと見えているのだ。

 

「衛宮 士郎。 貴方、私に何をしました」

 

「いや、そのフルネームで呼ぶのやめてくれないか?」

 

「いいでしょう。 改めて聞きます、士郎、私に何をしましたか、体が完治している」

 

カレンは自分の手足のはっきりとした感覚に戸惑いを覚える。

 

「いやな、あいつにやられて、結構危険な状態だったんで、簡易パスを作ってラインを繋いで治療したんでよ、たぶんその時一緒に治ったんだろう」

 

士郎の言葉道理、集中するとカレンはシロウとのラインを自覚する。

 

「そうですか、士郎。 貴方は気絶した、女性を抱くような変態だったのですか」

 

カレンの洒落にならない言葉に士郎はふきだした。

 

「ち、違うぞ! キスで血をカレンに飲ませて簡易パスを作ったんだ! そんなことはしていない!」

 

慌てる士郎を見て、カレンは面白そうに追撃をする。

 

「そうですか、ファースト・キスだったのですが……」

 

その言葉に、士郎は完全に硬直する。

その様子を見て、くすくすと笑うカレン。

 

「あら、純情ですね。 予想通りだわ」

 

「な、な、な、何言ってるんだ」

 

いまだ混乱している士郎。

 

「まあいいでしょう。 治療の対価という事にしておきましょう」

 

(これ以上からかうと、コレをネタにできなくなりますからね)

 

毒のある考えをするカレン。

 

「そうか……、ゆっくり休んでろ、疲れているだろうしな。 じゃあな」

 

「ええ、そうさせて貰います」

 

カレンの言葉に士郎は席を立ち、自分の部屋へと戻る。

扉が閉まり、士郎が出て行ったのを確認すると、カレンに睡魔が襲ってきた。

カレンはその眠気に身を任せ、穏やかな寝息をたてて眠りについた。

 

 

 

翌朝、カレンが目を覚ましたときには、士郎はすでに宿をチェックアウトしており、カレンと顔を合わせることはなかった。

 

「ふふふ、そうですか……。 挨拶もなしに居なくなるとはいい度胸です駄犬、もとい士郎……覚悟していなさい!!」

 

カレンの宣言に、飛行機の中の少年は悪寒に身を震わせていた。

 

 

 

 

 

後日、アーカムに訪れた1人のシスターがいた。

 

 

 

 

 

【いかがでしたか? 通常作品の5倍の量でお送りしました外伝でした。 オリジナルの武装も出せましたし、何より今回、士郎の魔道書である『シーア・アジフ』が登場させられました。 士郎の魔道書については本編のほうで詳しい説明を出したいと思います。 ちなみに名前をつけたのはもちろん九郎です!】

 

 

永劫を超える猟犬(ティンダロス)

ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:∞ 最大補足:1人

 

ティンダロスの猟犬の記述をもとに作り上げられた矢。

ゲイホルグなどと同じく因果逆転系の宝具で、これに一度捕捉されると、たとえどれほど防御を固めようとも逃げようともに命中する。

回避する方法は、ティンダロスの猟犬と同じく、角の全く無い部屋に閉じこもることのみである。

捕捉する条件は、相手に一度でも攻撃を加えることである。

 

悪夢を繰り返す剣(ナイトメア・ソード)

ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:1人

 

士郎が作り上げた、非殺傷系の概念武装で切りつけた相手に傷を負わせない代わりに、悪夢を見せる剣。

悪夢の内容は、自分が体験した中でもっと嫌な思い出を、少しずつ過激にしながら繰り返し見せるというもの。

精神の弱いものほど、効果時間は長くなる。

 

 

 


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